○第一章 カザン奪還作戦 ・その一 作戦発動 「なぜです?」 「なぜって言われてもな……」 ハントマンは苦笑した。 いきなりやってきた少年が、あるギルドに会わせてほしいと言ったのだ。 「残念ながら、まだ奴らは寝てるんだよ」 この三年間、一度も目覚めずにな、と、ハントマンは言った。 「だったらせめて、カザン代表の方と会わせては頂けませんか?」 少年――トライドは食い下がる。 兄妹は、無事にミロスに着いていた。 フロワロに気をつけながら進まなければいけなかったが、 時折出会う魔物も二人で協力すれば恐れるほどの相手でもなく、 村の時のように急なドラゴンの襲撃に出くわすこともなかった。 ただ、ドラゴンと戦わなかったわけではない。 途中、バロリオン大森林でドラゴンと戦うミロスの騎士達を見て 協力を申請し、騎士達やハントマン達と共に、何匹かのドラゴンを狩った。 おかげでミロスのクエストオフィスへの紹介状を書いてもらえたのは 二人にとってはとても幸運なことだ。 だから、ここでおめおめと帰るわけにはいかない。 「カザン代表ねえ……メナスさんかな。今はちょっと取り込み中だよ」 ハントマンの目線の先には、一人のハントマンと言葉を交わすキッチリとした男の姿。 その眼鏡をかけた男がメナスであるらしかった。 話している相手は、恐らくカザンのハントマンなのだろう。 いずれ来るカザン奪還のために策を練っているに違いない。 事実、この時メナスはネストルからカザンの現状について報告を受けていたのだが、トライドは知るよしもない。 「大変です!」 そんな時、一人の女性がクエストオフィスに飛び込んできた。 髪が乱れるのも構わずに走ってきたあたり、ただ事ではない。 「どうした、ユーリィ」 メナスたち二人の側にいた男が冷静に尋ねる。 「彼らが……『彼ら』が目を覚ましたのよ!」 ユーリィと呼ばれた女性が、興奮気味に叫んだ。 メナスの顔色が変わった。彼と共にいたハントマン達も同様だ。 「本当か!?」 「嘘なんてつきません! メナスさん、お願いします」 「わかった。行こう」 メナスの眼鏡の奥、その目が鋭さを増した。 「待ってください!」 トライドは声を上げた。オフィス中に響き渡る声で。 「僕も……僕も連れて行ってください」 自分のことを訝しげに見るメナスの、その視線をまっすぐ見返し、言った。 『彼ら』とは、きっと自分が会いにきた人達だ。 これはチャンス、もしくは運命と言うべきものなのかもしれない。 「君は何者だ?」 メナスが問う。 「僕は、ドラゴンからみんなを守るために生まれてきたんです」 トライドは大まじめに言った。たまたま居合わせただけの何人かのハントマンが吹き出した。 しかし、メナスは違った。 「それは、本当か?」 メナスの視線が更に厳しくなる。トライドも負けじと見つめ返した。 後ろでは、エステリアが黙って兄の背中を見ている。 数秒の邂逅の後、メナスは息を吐いた。 「どうやら本気のようだな」 「当たり前です」 「わかった。と言いたいところだが、今は君の話を聞いている余裕がない」 メナスは眼鏡のつるをクイッと上げて、言う。 「『彼ら』の状態の確認と、現状の説明とを終わらせたら戻ってくる。その後で話を聞こう」 「『彼ら』に会わせてはもらえないのですか?」 「それも後だ。今は一刻も時間が惜しい」 これで話は終わりとばかり、メナスは視線をずらした。 「では私は行くが、お前達はどうする?」 先ほどまで話していた男に向かい、メナスは問うた。 「どうせ後で顔を合わせるんだから行かねえよ」 「それに、この二人とも話してみたい」 男達は、そう答えた。 「わかった。なるべく早く戻る。準備は怠るな」 「勿論さ」 リーダーらしき男に言い残し、メナスはオフィスを出ていった。 ***** 「さて、お二人さん」 メナスが去ってすぐ、男がトライドに話しかけてきた。 先ほどメナスと話していた男だ。彼がリーダーらしい。 「少し、お話してもいいかしら」 今しがた飛び込んできた女性も寄って来る。彼女も同じギルドらしかった。 そうして兄妹とギルドの三人、合計五人が、テーブルに座ることになった。 「俺はネストル。ギルド『王者の剣』のリーダーだ」「ユーリィです」「ゲンブだ」 ギルドのメンバーが自己紹介する。 「トドワの麓から来ました、トライドです。で、こっちが」「妹のエステリアです」 兄妹も自己紹介をし、いきなり本題をネストルが振る。 「で、『ドラゴンからみんなを守るために生まれてきた』ってのはどういうことだ?」 「ちょっと長くなりますが、いいですか?」 「いいわよ。でも、メナスさんが帰ってくるまでに終わってくれると嬉しいんだけど」 ユーリィが微笑みながら言う。 「わかりました。なるべく短めに話します」 そうして、トライドは自分の物語を語った。 「なるほど……」 「予言もそうだけど、色々な時期が恐ろしいほどに整っているのが気になるわね」 「確かにな。今日もそうだ。ピッタリすぎるぞ」 「運命、なのかしら……?」 三人は、真剣にトライドの話を聞いていた。そして、 「お前たちが背負うものを『彼ら』にぶつけてみるといい」 まずゲンブが口を開いた。 「きっと『彼ら』は話を聞いてくれるはずよ」 ユーリィは微笑む。結局、彼女はずっと微笑んでいた。 「ま、あいつらと一緒に行けなかったとしても俺達がカザンに連れて行ってやるよ」 ネストルがぶっきらぼうに言う。 「とはいえ、見込みはある感じの奴らだったからな。大丈夫だろ」 ぽん、とネストルはトライドの肩を叩いた。 「一緒に、頑張りましょうね」 「志は一緒だ」 三人の言葉に、兄妹は頷いた。 ***** その後しばらくして、メナスが帰ってきた。 「エメラダ女王にも許可を取ってきた。カザン奪還作戦を発動するぞ」 その言葉に、オフィス中のハントマン達から歓声が上がる。 「よし!」 「長かった……もうすぐだ!」 それは『王者の剣』とて例外ではない。 ネストルは幾分か憮然としていたが、それに気づいたのは仲間の二人だけだろう。 そして、『彼ら』がやってくる。 「来たか、ねぼすけ達」 熟練のハントマン達は軽口を言い、まだ若いハントマン達はそれを黙って見ている。 嫉妬、羨望、期待、色々な感情が入り交じった視線。 それでも、『彼ら』は堂々としていた。 大統領に選ばれたから? いや、彼らを動かしているのは「使命感」だった。 「来たな、では早速、作戦の詳細を説明する」 メナスは作戦の内容を語り出した。 話を聞きながらトライドは、自分が緊張していることに気づく。 横を見れば、エステリアも同じように体が硬い。 そっと、手を握って意志を伝える。 「大丈夫だ」 それは自分自身に言い聞かせたものでもあったのだが、エステリアは、 「はい、大丈夫ですよね、兄様」 兄と同じように手を握り返した。 「紹介する。トライドとエステリアだ」 作戦決行は二日後ということになった。 『彼ら』の体を考えてのことだ。一日猶予が与えられた恰好になる。 それはつまり「一日で体の調子を整えろ」とのメナスの命でもあった。 そんな中、トライドとエステリアの兄妹は『王者の剣』の仲立ちで、メナスと『彼ら』に紹介された。 「はじめまして。ギルドリーダーのオークザインです」 「カルティナです。よろしく」 「……フィルだ」 「クーゼルヘルよ」 騎士、侍、盗賊、歌姫。ギルド構成員はそれぞれ名を名乗った。 「こいつらがお前達と共に行きたいと言っているんだが」 ゲンブが言う。ネストルはずっと黙っていた。 彼ら『王者の剣』は、作戦の表舞台にいるのではない。 まだ、ネストルはそのことを割り切れていないのだ。 ずいぶん前から決まっていたことではあったのだが。 「とりあえず、君達の話を聞こう。『王者の剣』には二度手間になるが」 メナスが言った。ここでも彼はまとめ役だ。 「ああ。俺達は別に気にしない」 ネストルが了承する。リーダーの役割はきちんと果たしていた。 そして、トライドは再び語った。 ***** 「いいんじゃない?」 第一声はそれだった。ちなみに、クーゼルヘルの言葉だ。 「異存はない」 フィルも言う。 「しかし、絶妙のタイミングだな……」 「何かが憑いてるとしか思えないわね」 オークザインに反応し、カルティナは怖いことを言う。 エステリアは少し震えた。やはり年頃。怖いものは怖い。 「奇妙な一致、か。ふむ、気になるな。覚えておこう」 メナスはそういう所を気にするらしい。 「いいですよ。一緒に行きましょう」 そして、オークザインの言葉で兄妹のカザン行きが決まった。あっけなく。 「よろしくお願いします」 「こちらこそ。本職の癒し手が入ってくれて助かるよ」 トライドとオークザインは握手をする。 「エステリアちゃん。頑張りましょう」 「はいっ」 同じ刀を持つ者同士、カルティナとエステリアは何か感じるものがあるようだ。 エステリアにとっては、同じ剣士がいるということは、良い刺激だろう。 トライドはそんな事を考えた。 「よし、それじゃあお前達はきちんと準備をしておくように」 話がまとまったのを見て、メナスが場の解散を言い渡す。 「『王者の剣』には少し話がある。来てくれ」 「わかった」 これが、トライド達兄妹の本当の始まり。 ドラゴンに対する反抗の、本当の始まりだった。