○第一章 カザン奪還作戦 ・その三 赤い帝竜 山道を下り、ハントマン達は遂に街道へと降り立った。 「よし、じゃあここでメンバーを二組に分ける」 メナスの指示どおり、ネストルは言った。 「カザンに侵入して、最終的に帝竜を倒すのは『彼ら』の役目だ」 ネストルがちらりとオークザインを見る。 感情を隠してはいるが、彼と親しい者達にはわかったに違いない。彼の無念さが。 「俺たちはそれを最大限サポートしなければならない」 まわりのハントマン達は皆、頷いた。 「だから、この辺りに残って物資援助などのサポートをする者が必要だ」 「それは私達のギルドで引き受けましょう」 女性の騎士が進言する。 「恩に着る」 ネストルは頭を下げた。オークザイン達も、それに従う。 「そうですね、あと何人かお手伝いいただければ嬉しいのですけど…」 との女性騎士の言葉があったので、残りのハントマン達の中から数名がさらに残ることになった。 結局カザンへ向かうのは『王者の剣』と『彼ら』、それにトライド兄妹とあと二人。 あの青髪の盗賊と、若い剣士が同行することになった。 「何か危険があったらすぐに戻ってきてくださいね」 女性騎士の言葉に返事をし、カザンへ向かう11人は進み出した。 ***** カザンへ至る道は比較的大きな街道だ。 途中の集落はほとんど放棄されている。恐らく三年前の撤退に従ったのだろう。 どこもフロワロに囲まれ閑散としていたが、逆に放棄されているから安心でもあった。 これが屍の山などがあったなら、皆冷静でいられたかがわからない。 そんな中の行群なので、意外と集団に流れる空気は柔らかい。 談笑、と言うほどではないが、会話している声もちらほらと聞こえる。 気を引き締めてはいるのだが、それほど警戒しすぎることもなく進んでいた。 勿論、先頭はオークザインだ。彼がフロワロを払った後を皆がついていく。 「へえ、もう結婚していらっしゃるんですか」 トライドは、同行の剣士と話をしていた。名をクロムと言う。 「ああ。今回は妻の為にもカザンを奪還しないとな」 決意を持った目で、トライドに語るクロム。 「奥さんはどこの方なんですか?」 エステリアが聞いた。女の子は話題に目ざとい。 「妻はアイゼンの出身でね…」 アイゼンはトライド達兄妹の村からも近い。山を越えればそこがアイゼン領内だ。 世界最古の国アイゼン。エステリアの師の出身国でもある。 「出逢ったのはアイゼンの貧民街だった。あそこはとても貧しくてね」 馴れ初めから何からを語り始めるクロム。 「服だって買う金がないほどさ。出逢ったときの彼女だってそうだ」 完全に語りモードになっているが、構わず聞いている兄妹。 「着ている物がなんであれ、人本来の美しさは損なわれるわけじゃないからね」 そうしてアイゼンの貧民街の現状から彼女を嫁に貰いに行ったときの 彼女の父との邂逅などを、事細かくクロムは語った。 「義父は話が長いと有名でね。誰も話について行けなかったそうなんだが、それほどでもなかったよ」 と、クロムは話を終了したが、それまでに太陽はどれほど動いたことか。 そんな会話をしつつ、時には魔物を文字通り蹴散らしながら一行は遂にカザンへとたどり着いた。 はずだ。 「これが、カザン?」 クーゼルヘルが疑問を顕わにする。 「これが、カザンだ」 その疑問に、ネストルが答えた。 「今、カザンはフロワロの影響で森に囲まれている」 こんな風に、と目の前の森を示す。 「だが、まあ大丈夫だ」 ネストルが一つの巻物を取り出した。 「ここに地図がある。これを持っていけ」 オークザインにその巻物を手渡す。 「俺たちが探索して作成した物だ。それがあれば迷わないだろう」 「わかりました」 ネストルが地図を渡した意味を、今、全員が想っていた。 「最深部、カザンの街の中に帝竜が構えている。そいつはお前達が倒せ」 「途中の戦闘は任せてください」 「万全の状態で送り出してやろう」 『王者の剣』はあくまでもサポートなのだ。 「それと、トライド」 「はい」 トライドはネストルの前に進み出た。 「お前たちは『彼ら』と行くんだ」 「いいんですか?」 「お前は俺達のギルドじゃない。『彼ら』が認めたんだ。一緒に行くといい」 オークザインを見ると、彼は大きく頷いた。 「行きましょう。帝竜を倒しに」 トライドも頷いた。 「よし、これで最後だ、行くぞ!」 号令一つ、ハントマン達は陣形を作りながら森の中へ駆けだした。 ***** 「ここは任せろ!」 森の中程。少しだけ道が広くなっているところ。 そこに、ドラゴンが群がっていた。 クロムが単身その中へ飛び込んでいく。 「援護します」 ユーリィと青髪の盗賊が、それぞれの手段で援護射撃する。 「駆け抜けるぞ!」 ネストルを先頭に、トライド達はドラゴン達の隙間を駆け抜けた。 「よし、進むぞ! クロム!」 ゲンブの声に、クロムはおうと応える。 「後ろは任せろ」 クロムと盗賊の2人は、最後尾につけ、迫ってくるドラゴンをあしらう。 「無駄な戦闘はするなよ!」 一行は一丸となり、森を駆け抜ける。 「くうっ、速い!」 が、体躯の差か、ドラゴンは確実に距離を詰めてきていた。 「時間を稼ぐ。先に行ってくれ」 クロムが背後を振り返り、立ち止まった。 その意志、その決断は誰にも止められない。 「私も残ります」 青髪の盗賊が言った。 「弓使いが居てくれるなら有り難い」 クロムは剣を捨て、斧を構える。 「死ぬなよ」 ネストルの言葉に 「ああ、まだ妻にちゃんとしたカザンを見せてないんでね」 クロムは不敵に笑った。 九人になった一行は、更に走る。 ドラゴンは『王者の剣』がなるべく対応したが、基本は逃げの一手だ。 「クロムさん達、大丈夫でしょうか?」 エステリアが兄に聞いた。 「わからない。でも、僕たちにはもっとやらないことがあるみたいだ」 トライドは珍しく高揚していた。 初めてドラゴンと相対した時にさえ、こんな気分にならなかったというのに。 「帝竜は、ここにいるドラゴンを全部合わせたよりも恐ろしい敵だ、と思う」 それは恐れかもしれない。だが、トライドは恐れない。彼にはすべきことがあるのだから。 「だから、僕たちはそこに至る道を切り開いてくれるみんなを、止めることはできないよ」 「そう、ですね…」 「でも、心配くらいはさせてくれると思うよ」 言って、トライドはエステリアの頭を撫でた。走りながら、器用に。 そして更に走り続けると、遂に人工のものらしき建物が見えた。 「カゼンの門よね、これ…」 カルティナが言う。確かに、かなりフロワロに埋まっていたが、そこはカザンの街だった。 「この中に、帝竜キングがいる」 ネストルが言った。 「俺たちもこの先には入ったことがない。だから、どれだけのドラゴンがいるかとか、そういうのはわからねー」 「ですが、あなた達の役目は決まっているわ」 ユーリィが続ける。 「帝竜まで一直線に進んで。そして倒して」 「それが、すべてのカザンの者の、願いだ」 ゲンブの言葉に、オークザイン達は頷いた。 「まずは俺とゲンブが…いや、そうもいかないようだ」 ネストルが後ろを見やると、そこには数匹のドラゴン。 「クロム達を突破してきたのか…」 哀しげな顔でゲンブが言う。 「ここは一人でいい。先に行け」 カチン、と刀を鞘に収め、居合いの構えを取るゲンブ。 「わかった。俺が先行する。皆、付いてこい!」 ネストルがカザンに飛び込み、ユーリィ、オークザインと続いていく。 最後尾はクーゼルヘル。彼女は既に戦歌を歌い始めていた。 ネストルはドラゴンを認識した。 (左右に二匹、正面にもいる、か) 即座に突破方法を考える。 左右のドラゴンが来るまでに駆け抜けるしかない。 「正面を突破するぞ!」 その言葉と同時にユーリィが術式を起動し、辺りを嵐が駆け抜ける。 「今だ!」 ドラゴン達が怯んでいる間に、彼らはその横を走り抜けた。 広場を抜け、大統領府へと至る道。 その道の真ん中で、ネストルは立ち止まった。 「キングはこの先だろう。行け。行ってカザンを取り戻せ」 ようやく立ち直ったドラゴン達全てを引き受けるつもりで後ろを向く。 「必ず」 オークザインははっきりと言った。 「…本当は!!」 ネストルの表情は見えない。だが、誰もがわかるような気がした。 「…本当は、俺たちが討伐に行きたいんだ…!」 それは激昂。ユーリィも言葉を挟まず、ネストルの言葉は続く。 「でも、お前らが行くのがあの人の遺志ならば…俺はそれを邪魔できない」 静かに、ネストルは剣を構える。必殺の、究極と呼ばれる技の、その構え。 それに呼応するように、ユーリィは印を切る。 「…あの人に選ばれたんだろ…負けたら俺は許さない…!」 ユーリィが術式を起動した。 「トライド、お前もだ。負けるなよ」 そう言い残し、ドラゴンの群れに斬りかかっていく。 「キングを、お願いします」 ユーリィも次の術の印を切りながら、言った。 「カザンを取り戻すぞ!」 オークザインとカルティナ、フィル、クーゼルヘル、そしてトライドとエステリア。 六人は、大統領府――キングの降り立った場所へと足を速めた。 ***** 今まで見たどのドラゴンよりも大きな体躯。 今まで見たどのドラゴンよりも凶悪な姿。 そして、血のような紅。 キングはそこに居た。 少しも動かず。 「あれが、キング!」 カルティナの声に、帝竜キングは反応した。 「人間、か」 そして、ニヤリと笑った。 「丁度良いわ」 口を大きく開け、そうして言う。 「お前らを食らって、我の血肉としてくれる!」 咆吼。それが戦いの合図となった。 キングが振り下ろした爪を、オークザインが楯で受けた。 「ぬうっ」 そのまま、押し返すことができない。踏ん張るのがやっとだ。 「持ちこたえろ」 フィルが押し合っているキングの腕を軽やかに駆けていく。 しかし、 「小賢しい!」 キングはその腕を引き、振ることでフィルを引きはがした。 「かやつに受けた傷が…未だに癒えん…!」 忌々しげに、キングが呟く。 「傷?」 トライドは着地したフィルの状態を確認しながら、その言葉を聞いた。 「傷が残っているのか?」 幸いフィルの状態は急を要するものではなかったので、軽いキュアで一時的な治療をする。 「きっと、大統領の与えた傷よ」 その後ろでクーゼルヘルが言った。 「大統領は最後まで戦って皆を逃がしたと聞くわ。きっと大統領のつけた傷がどこかに残っているのよ」 「フィルさん」 「心得ている」 フィルは帝竜に直接は向かわず、帝竜の周囲をめぐり始める。 「エステリア、援護を」 「はい、兄様」 「じゃあ、私もその傷を探してみるわ」 トライド達がフィルの代わりに前に立ち、クーゼルヘルは身近な建物の上へ昇ろうとする。 「オークザインさん!」 キングの攻撃を耐え続けるオークザインに、トライドは傷のことを話した。 「なるほど。それじゃあ、そこを狙うべきだね」 どうにか攻め手を見つけ、カルティナも少し安心したようだ。 カルティナの刀はキングの硬い鱗に随分跳ね返されていた。 「今フィルさんとクーゼルヘルさんが探っています」 「それまで耐えろ、ってことかな」 「お願いします」 トライドも槌でキングの攻撃を受けるものの、重さにそうそう耐えられない。 エステリアとカルティナの二人の刀も、致命傷には至らない。 頼みは本当に、その『傷』だった。 「あったわ!」 クーゼルヘルが建物の上から声を上げた。 「背中の上! 剣が刺さったままよ!」 その言葉にいち早く反応したのはフィルだ。 周囲の壁を利用し、器用にクーゼルヘルの元へたどり着く。 「傷口を……剔ってやる!」 そして一気に飛び降りた。キングの背へ向けて。 「カルティナ!」「エステリア!」 オークザインとトライドの声がほぼ同時に響く。 『はいっ!』 2人は同時に答え、キングの両脚に斬りかかる。が、鱗を何枚か剥いだだけだ。 しかし、陽動としては成功と言える。 その内にフィルはキングの背に着地していた。 背中の剣までなんとかたどり着き、その柄を持ち――押し込んだ! 「ぬごおおおおおおおおっっ!!」 更に深く突き刺さったその傷口から、どろりとした体液が滲み出る。血だ。 「猪口才な!」 キングが体を大きく揺らす。 必死にしがみついていたフィルだったが、流石に耐えきれずに飛ばされた。 ものすごい勢いで建物の壁に激突――いや、窓にぶつかったようだ。 派手な音を立てて窓ガラスが割れ、フィルはその建物の中に消えてた。 「兄様、私が行きます。兄様はフィルさんを!」 エステリアが駆け出す。 「わかった」 トライドはそれとは違う方向、フィルの消えた建物へと走る。 途中、クーゼルヘルとすれ違った。屋上から降りてきたらしい。 「エスちゃんは任せておいて」 エスちゃん……? ああ、エステリアのことか。 「お願いします」 「任せて! 傷一つつけたげないんだからね」 そう言ってクーゼルヘルは鞭を取り出す。 その姿を頼もしく思いながら、トライドはフィルの元へ急いだ。 ***** フィルは本に埋もれていた。 「フィルさんっ」 「だ…いじょうぶ…だ」 フィルは起き上がろうと藻掻くが、体が言うことを聞いていない。 その様子を見て、トライドはいつかのドラゴンとの戦いを思い起こしていた。 「癒します」 が、それはそれだ。今は一刻も早くフィルを戦線に復帰させなければならない。 それに、あの時と違う事が沢山ある。経験、そして、新しい仲間。 「すまん」 フィルはそう言い、おとなしくトライドに身を任せた。 癒しの力を体に効率よく取り込むためだ。 「立てるようになればいい。そこまで急いで頼む」 フィルの表情は、普段とは比べものにならないほど感情に満ちていた。 それは、憎悪。 フィルはそれほどにドラゴンを憎んでいるのだろうか。 「わかっています」 トライドはその表情をなるべく見ないようにして、言った。 一方、エステリアはなかなかキングの背中に取りつけないでいた。 「こんのおっ」 クーゼルヘルが鞭をキングの右足に巻き付ける。 「駄目っ! 支えきれないわ」 全体重をかけても所詮は人とドラゴン。純粋な力の差は歴然だ。 「手伝うわ」 そんなクーゼルヘルの元に、カルティナが助勢する。 「エステリアちゃん!」 「はい!」 カルティナの力が加わったことによって、キングの動きが鈍くなる。 必死で藻掻くキングだが、カルティナは動かない。 「んのおおおおおお!」 侍の意地か力か、カルティナの力が一瞬キングの動きを完全に止めた。 その瞬間を、エステリアは見逃さない。 俊敏に敏捷に、エステリアはキングの背の剣までたどり着き、 「やああああっ」 フィルが剔ったその傷口に自らの刃を突き立て、切り裂いた。 「ぬぐおおおおおおおおおおお」 キングの悲鳴と共に、大きく割れた傷口から大量の血が噴出する。 血はエステリアの髪、顔、羽織物全てを濡らす。 そんなことには構わず、エステリアは連続で刃を振るった。 「こおんのおおおおっ」 キングがたまらず羽ばたく。が、カルティナとクーゼルヘルによって飛翔を阻止された。 「うっとおしいっ」 カルティナを忌々しげに見るキングの瞳が、紅く光った。 その瞬間。 「きゃあっ」 見えない力によって、カルティナは吹き飛ばされていた。 「ぬうっ」 足が自由になったキングは飛び上がり、エステリアを振り落とそうと無茶苦茶に動く。 先ほどのフィルを見ていたエステリアは、機を見てキングの背から飛び降りた。 着地。しかしキングはそれに気づかない。 そうして空で暴れるキングの背から、一つの物体が落ちてきた。 剣だ。ドリスの剣。 その剣を、オークザインが拾い上げる。 所々の刃こぼれが、3年前の戦いの激しさを物語っていた。 「大統領……」 オークザインの脳裏に、3年前のあの日が蘇ってくる。 ドラゴン討伐を任された、その日のことが。 「ドラゴンは、倒してみせる!」 形見であろうその剣を構え、キングに向かうオークザイン。 だが、 「くあっ」 さっきと同じ、キングの眼光に吹き飛ばされた。 「なんなのよ、あれは」 クーゼルヘルが唇を噛む。飛び道具ならともかく、見えない攻撃などどうすればいいのか。 「あれは『殺意』だわ」 カルティナが言う。幸い軽くぶつかっただけで済んでいる。オークザインも同様のようだ。 「殺意で人を吹っ飛ばせるっての? さすがはドラゴンね」 クーゼルヘルは臆したというよりも呆れた。どんな生物なのよ、いったい。 「『殺意』が攻撃になるのなら、それを上回る殺意で臨めばいい」 丁度そこに戦線復帰したフィルが現れた。トライドも一緒だ。 血だらけのエステリアにぎょっとするが、本人の傷でないことがわかるとほっとした。 「これでフルメンバーだな。一気に崩すぞ」 オークザインが再びキングと向き合っているのを見て、フィルが言う。 「敵もかなりの手傷を負っているわ。もう少しよ。行きましょう」 カルティナの言葉を受け、皆が散開した。 ***** オークザインは必死だった。 この剣で止めを。 なぜだろう。そんなことばかり考える。 「くあっ」 再びキングの眼光がオークザインを貫く。だが、今回は耐えきった。 「オークザイン!」 カルティナがオークザインの元に駆けつける。 「カルティナ。この剣を――」 「ええ、わかったわ」 カルティナは剣を受け取る。 重い。流石にドリス=アゴートの剣だ。 「攻めは任せて。貴方はクーゼルヘルと共にキングの動きを止めて」 「了解した」 自らの刀は地面に突き刺し、カルティナはドリスの剣を構える。 走った。 そこにキングの『殺意』が襲いかかる。が、 「そう何度もさせはしない!」 オークザインが楯でそれを防いだ。 その横からエステリアとフィルが時間差で斬りかかる。 エステリアは『殺意』に吹き飛ばされた。 クーゼルヘルの鞭がしなり、エステリアの体を受け止める。 その一瞬にフィルはキングの背中に取り付いていた。 「喰らえ!」 毒を塗った刃を、傷口へと捻り込ませる。 絶叫。それを聞きながらカルティナは走っていた。 ドラゴンの腹下へと潜り込む。 そして、ドリスの剣を、空に向かって思いっきり掲げる。 とはいえ、カルティナの頭上に空はない。 あるのは、ドラゴンの腹。 ドリスの剣は、キングの腹を貫いた。 再びの絶叫。 「おぉぉのぉぉれぇぇぇぇ」 上下からの苦痛にうめきながらも、キングはフィルを再び振り落とそうと藻掻く。 が、最初ほどの力はない。フィルは血に滑り地面に落ちただけだ。 振り落とすほどの力も無くなったらしい。 とはいえ、体がまったく動かないわけではない。 キングは、腹に刺さった剣を更に食い込ませようと力を入れるカルティナに首を巡らせた。 瞳が光る。『殺意』だ。 体を襲う衝撃。先ほど喰らったものより強い。 なんとか耐え、吹き飛ばされるのは回避したカルティナだったが、そこまで。 体自体には耐えきれず気を失ったのか、ふらっと倒れ込む。 そこを見逃すキングではない。大きく口を開けた。 「カルティナさん!」 トライドが叫んで走り出す。 ほぼ同時に、先ほどまでそのトライドの介抱を受けていたエステリアが走り出す。 だが遠い。 距離的に一番近いはずのフィルは、未だに立ち上がれていない。 簡易介抱しか受けていないため、先ほどのダメージが残っているのだ。 キングが人を丸呑みできるほどの口を開き、 「我が血肉となれい」 カルティナを捉えた、その時。 「ぬうっ」 キングの口を、一番に走り寄ってきたオークザインが体を使って閉じないように支えた。 ちょうどつっかえ棒のような形になる。 「食わせてたまるかっ」 オークザインが耐えしのいでいる間にエステリアがカルティナを運び出す。 トライドが間髪入れずに介抱を始めた。 「オークザイン!」 フィルもなんとか立ち上がり、オークザインを助けに行こうとするが、『殺意』に飛ばされる。 クーゼルヘルがそちらの介抱に赴く。少々の応急措置なら誰でもできる。 そして、今1人だけ自由に動けるエステリアは、 「やああああああ」 フィルと同じようにオークザインの元へ走る。 「エスちゃん!」 クーゼルヘルが叫んだ。それではフィルの二の舞だ。 キングの瞳が光り、『殺意』がエステリアを襲う。 が。 エステリアは刀の一振りで、その『殺意』を霧散させた。 「はあっ?」 その様子を見ていたトライドは唖然とした。たぶんクーゼルヘルも同じだろう。 そんなことには構わず、エステリアはキングの鼻先に辿り着き、 「行きます!」 キングの口内に刀を刺し、そのまま口上部を半分に切り裂いた。 悲鳴、かすらわからない。キングの口から漏れたその音。 力が緩んだ一瞬、オークザインが脱出する。 腹に刺さっているままの剣を引き抜いた。 「くらえっ」 その剣を『殺意』の源の片方、キングの右目に叩きつける。 何度目かの悲鳴。 「んぇん…ぉきぁあ」 もはや喋ることすらまともにできないキングに、更にオークザインが襲いかかろうとする。 しかし、彼は失念していた。今、自分がどこにいるのかを。 オークザインの剣をキングは顔を引いてよける。 そして、キングはしゃがみ込んだ。 正確には伏せた、と言うべきだろう。 腹を完全に地面に着けてしまったのだ。 オークザインが居たのはキングの腹の下だった。つまり 「ぬわっ」 キングの腹に敷かれてしまった恰好になった。 敷かれたと言ってもその重量は半端ではない。 体のあちこしが軋む。骨の何本かは折れただろう。 「くぁ…ぇやぅ…」 憎悪に燃えたキングの左目が、オークザインを打ち据える。 避けることも防ぐこともできず、その『殺意』をまともに受け、オークザインの体は跳ねた。 しかしその動きすら、キングの腹がさせてくれない。 「オークザインさん!」 かろうじて下敷きにならなかったエステリアが懸命にオークザインの側に寄る。 クーゼルヘルもフィルの介抱に一段落をつけて駆け寄ろうとした。 しかし、そちらはキングの『殺意』が吹き飛ばす。 「くぅっ、さっきより、強い!」 エステリアも一瞬、『殺意』に足を止められた。 「るぁぅ…喰らぅぞ我は」 キングはその隙に、オークザインに顎を広げている。 狙いは、顔。 「んのおおおおおお」 オークザインは必死に藻掻く。 エステリアはキングの頭部に駆け寄る。 クーゼルヘルは再び駆け寄ろうとする。 トライドもカルティナの状態が安全域になったのを確認し、走り出した。 そして、 「ぬああああっ」 エステリアの鍔打ちと、キングの顎が閉じるのはほぼ同じだった。 キン、と済んだ音を立てて、エステリアの刀が宙を舞う。 そして、キングの顎はオークザインの体を捉えていた。 ただし、顔ではない。それは、左腕だ。 ぶちっ 軽い音を立てて、あっけなくオークザインの左腕は体から離れた。 カルティナが目を覚ましたのは、丁度その時。 フィルが体を起こしたのは、丁度その時。 そして、エステリアがドリスの剣を手に取ったのは、丁度その時。 カルティナの悲鳴。クーゼルヘルの鞭。フィルの投げナイフ。トライドの振り下ろす槌。 エステリアの脳天への一撃。 次の瞬間、各々の攻撃、行動が起こり、そして、 「ぐがはあっ」 エステリアの振り下ろした剣は、見事にキングの頭頂を二つに割っていた。 脳漿を散らしながら、キングが口を開け―― そのまま、その頭は力なく地に落ちた。 帝竜キングは、倒されたのだ。 少なくない犠牲を残して。