○第一章 カザン奪還作戦 ・その四 カザンの復興 「フロワロが……」 キングが倒れた事により、カザンのフロワロが消え始めた。 それに、残されたドラゴンも。 トライドはオークザインの傷を見て、無言でキュアをかけ始める。 「あったぞ」 フィルはキングの口内から、オークザインの左腕を探し当てた。 しかし、その腕は既に原形などないような状態だ。 カルティナとエステリアが顔を背ける。 「いや、生きているだけでも儲けものだから大丈夫さ」 クーゼルヘルの残念そうな視線に、オークザインはそう答えた。 『王者の剣』とは、すぐに合流できた。全員傷だらけではあるが無事だ。 「またお互い派手にダメージを受けたもんだな」 オークザインと同じく左手が使い物にならなくなっているネストルが言う。 ただ、彼の手は折れただけのようだったが。 「トライド。俺達はいいからクロム達を探しに行こう」 オークザインの血が止まった段階でフィルが言った。 「腕が戻ってくるわけでもないですから、そうしましょう」 オークザインも賛成したので、誰も異を唱えることもない。 9人全員で、来た道を戻ることになった。 となるところだったが、個々の状態を見ての捜索となる。 走れる者は先行し、他の者もなるべく急ぐ。 ちなみに先行はトライド兄妹、ネストル、フィル、クーゼルヘルだ。 「しかし、森が消えたってことはあの森もフロワロだった訳だ」 ネストルが言う。左腕は添え木で固定されていた。 「フロワロの木…他にも存在するのかしら」 クーゼルヘルがその言葉から疑問を持つ。 「さあな。おそらくは帝竜の力なんだろうが…っと居たぞ」 地面に座り込むクロムを、ネストルが発見した。 「あの様子は…」 トライドはそのクロムに嫌な予感が走る。 頭は俯き、体に力が入っている様子がない。 「クロム! 生きてるか」 もしかして力尽きているのでは、との懐疑。 しかし、そのトライドの予感は外れたらしい。 「ああ、なんとか」 クロムは顔を上げた。 ほっとしたのもつかの間。 「こいつのおかげで…な」 クロムの足もとには、青髪の盗賊が力なく横たわっていた。 トライドの予感は、当たっていた。 ***** 簡易ながらも見送りの儀式を行い、盗賊は埋葬された。 「ありがとう。そしてさよなら、ミム」 その時点で、トライドはその盗賊の名がミムであることを知った。 「お前のおかげで、俺は無事だった。これからもお前の分までドラゴンと戦おう」 クロムはミムの簡素な墓標にそう誓った。 他の皆も同じだったに違いない。 その後、補充部隊として残った部隊と合流し、カザンの奪還を知らせに行くと、 住人が次々に戻ってきた。落とされた橋も急速に架け直された。 復興というには、驚異的なスピードだ。 彼らの失った者は大きかったが、失意や落胆の顔をする者は誰一人としていない。 みな、生きるため、己のなすべき事をなすため、夜も徹して走り回っていた。 オークザイン達は、カザンの南東にある家を一つ与えられた。 今回の作戦における報酬だという。 ネストル達は既にカザンに家を持っているらしく、違う報酬を貰ったようだ。 ――カザン奪還に関わったハントマン達は、さながら英雄だった。 『王者の剣』は元々の知名度もあり、さながら生きる伝説となりつつある。 もう一つのギルド、あの女性騎士のギルドも、かなり名が通ったギルドとなった。 そして、『彼ら』大統領の選んだギルド。 オークザイン、カルティナ、フィル、クーゼルヘル。そしてトライド、エステリア。 帝竜キングを倒したギルドは、一気にその名をカザンに定着させた。 「えー、あ、うん。一度戦線から引こうと思うんだ」 各人の傷もだいたい癒え、そろそろ行動を再開するだろうその時。 オークザインは皆を集めてそんな事を言った。 「やはり片腕では無理か」 フィルが言う。 「無理というか何というか、私の戦い方ができないのは確かだよ」 オークザインは騎士だ。騎士の戦いは楯が重要になる。 その楯を構えるべき腕がオークザインにはなかった。 「だから戦線から一旦引こうと思う」 この答えは皆の予想の範囲内だった。 オークザインが悩んでいることも皆は知っていたし、 彼の性格を考えればそうなるだろうことも知っていた。 でも、次に出てくる言葉を想像できた者はそうそういなかった。 「では、私も戦線を引きます」 言ったのはカルティナだ。 驚きの表情が4つ、カルティナを見た。 驚いていないのはクーゼルヘルだけだ。 「私の刀は彼に捧げました。彼がいない場所で戦うつもりはありません」 さらっと言ってのけるカルティナ。 しかし、その上辺を放っておくクーゼルヘルではない。 「またまたー。素直に言いなさいよ」 言いながら頬をつんつんとつつく。 それがあまりにしつこいので、カルティナは降参した。 「彼の側に居たいんです。だから、彼が引くなら私も引きます」 おおー。何人かがそんな声をあげる。 「ま、そういうことよ」 やれやれ、とクーゼルヘルは肩をすくめ、カルティナに向かってウインクした。 「お邪魔でしょうか?」 オークザインに伺いを立てる。 「そんなことはないよ」 隻腕のオークザインは、その残っている腕でカルティナの頭を優しく撫でた。 ***** 「それで、君達だけということかね」 メナスが言う。 「そういうことだ」 フィルが返す。 大統領府のいわゆる『王の間』。そこにトライド達は呼ばれていた。 玉座には誰もおらず、その横にメナスが立っていた。座る気はないらしい。 「あの時と人数は変わっていないことになるわよ」 クーゼルヘルが言い放った。あの時、つまりは三年前だ。 オークザインとカルティナが抜け、トライドとエスエリアが加わった。 つまり人数的には変わっていない、そういうこと。 「まあいいだろう。ギルドの人員が変わるというのは良くあることだ」 幾分不機嫌な顔をしながらメナスが言う。 「ギルドさえ潰れなければそれでいい」 「それもまた微妙ね…」 クーゼルヘルが呆れる。その様子を見てか、メナスが一つの疑問を投げた。 「それで、今君達のギルドのリーダーは誰なんだ? あの騎士がリーダーだったはずだろう」 一瞬の沈黙。いや、気まずい空気。 そして、一人が手を挙げる。 「あの、僕です」 トライドだった。 「申し訳ないけど、クーゼルヘルにリーダーを引き継いてほしいんだ」 カルティナも離脱することが決定して、次にオークザインが持ち出したのは後継の話だ。 「確かに、フィルよりもクーゼルヘルが向いていると思うわ」 カルティナも賛成する。 「嫌よ」 でも一蹴された。 「前に立つのは御免よ。今の立場がいいの。第一、そんな柄じゃないわ」 「だったらリーダーは誰がするんだ?」 フィルが言う。勿論、彼はやる気ではない。 そこで、クーゼルヘルは言い放った。 「トライドでいいじゃない」 「君か。皆、納得したのか?」 メナスは問いかけたが、皆が即座に頷いた。 「ならいいだろう。若干経験不足かもしれないが、経験者がサポートをしてやることだ」 意外にあっさりと、メナスもトライドがリーダーになることを受け入れた。 「それで、君達はこれからどうするつもりだ?」 リーダーであるトライドに、メナスは問うた。 「勿論、ドラゴンと戦います」 トライドは即答する。 「うむ、良い答えだ」 その様子に、メナスは若干満足げに頷く。 「今、世界はドラゴンどもに蝕まれ、蹂躙されている」 メナスはそう言い、玉座をちらりと見る。 「だが、我々はカザンを取り戻した。今日この時が分水嶺だ」 その声に悲しみの色はない。 「今日この場所より、人類のドラゴンに対する反撃を開始する!」 声高く宣言したメナスは、トライドの瞳をのぞき込んだ。 「かつてわたしは『英雄の助けとなれ』と言われ、この国に呼ばれた」 続いてエステリア、フィル、クーゼルヘル。皆の顔を見、 「そうとも、お前達が英雄であろうとするかぎり、私はお前たちの力となろう!」 そう、力強く、言った。 ***** 「よお」 大統領府を出たところで、『王者の剣』と出会った。 「ネストルさん、傷は大丈夫なんですか?」 ネストルはトライドの治癒を拒否し、自分たちで治療をしていた。 それはネストルの心遣いだと、トライドは分かっている。 「ああ、もうちゃんと動く」 ぶんぶんと左腕を振り回し、治ったことをアピールするしたネストルは 「それで、お前たちはこれからどうするんだ?」 と聞いた。 「ミロス経由でアイゼンへ行ってみるつもりです」 トライドはそう答える。 「ああ、アイゼンへ行くのか。お前達は帝竜を倒していくつもりなのか?」 ネストルの問いに、トライドが答えるより早く、フィルが答えた。 「当たり前だ。親玉を狩るのが近道だろう」 「ドラゴンに苦しめられている人たちがいるのなら、何か手助けをすることが僕の使命ですから」 「雑魚竜に苦しめられている人もいると思うぞ?」 続けて言ったトライドに、意地悪くネストルが言う。 「その人たちも、僕のできる限り助けます」 当たり前のようにトライドは言った。 『王者の剣』のメンバーは全員ニヤリと笑い、 「あなたならそう言うと思いました」 ユーリィ、 「らしいと言えば、らしいな」 ゲンブがそれぞれ言い、 「ま、その辺りは俺達に任せな」 ネストルが結論づける。 「俺たちは目の前にいる人たちをまず助けていこうと思う」 それは、彼がカザンを取り戻してから考えてきたこと。 自分は英雄などではなく、ハントマンなのだ。 「…そうですか」 「道は違っても、目指すことは一緒ですから」 いつか言ったような言葉を、ユーリィが再び言う。 「またふと会うこともあるだろう」 ゲンブも無表情な中に、若干の暖かみを持っていた。 「じゃあな」 ネストル達はそう言って歩き出す。 「ああ、そうそう、忘れていた」 本当に忘れ物をしたように、振り向くネストル。 「お前たち、リーダーが変わってギルド名も変わったのか?」 トライドは、とても不思議そうな顔をした。 「そんなこと、するんですか?」 「いや、そんな顔をされてもな…してないのか?」 「考えたこともなかったです」 「そうか。わかった」 ネストルは軽く頷き、そして言った。 「また会おう、『偉大なる風』」 大統領に認められ、見事カザンを奪還したギルド『偉大なる風』。 彼らの新しい目的地は最古の国アイゼン――新たな帝竜の眠る地。