○インターミッション ・妹ふたり、兄ふたり エステリアは疲弊していた。 カザンの復興が始まって、まだ日も浅い頃。 エステリアは疲弊していた。 理由は、単純だ。 (最近、兄様分が足りません…) 兄、トライドは忙しい。 メンバーの治療やらカザンの復興作業やら何やら。 空いている時間を探すのが難しいほどだ。 それは、彼が進んで仕事を請け負っているからだし、 エステリアはどうしてそこまで働くかの理由も知っている。 「知っていても、寂しいですよ、兄様…」 当のエステリアは、現在買い物の最中だ。 家の厨房を握っているのは(驚くことに)クーゼルヘルなのだが、彼女が 「買い物のついでにトライドに会ってきていいわよ」 なんて言うからまんまとお使いにさせられたのだ。 クーゼルヘルは人の扱いが上手い。 フィルも今頃こき使われていることだろう。 まあ、それはそれとして、今は買い物を手早く済ませるのが最重要課題だ。 早く終わらせて、兄の様子を見に行きたい。 今日は西区画の民家の改修や整理を行う集団に参加すると聞いている。 高速で買い物を済ませ、エステリアは西区画へと向かった。 ***** ただ、エステリアも毎日暇をしているわけではない。 カルティナに剣術を教えて貰ったり、エランの手伝いでギルドオフィスに顔を出すこともある。 三年間溜まっていた書類や資料の整理だけでも膨大な仕事量なのだ。 それに、キング戦でフィルが突っ込んだおかげで保管資料もめちゃくちゃになっている。 (あの窓ガラスの建物はギルドオフィスだったのだ) 人手は沢山あって困るものではなかった。 それでも流石に年齢のせいで毎日働く、というわけにはいかないのだが。 エランはその辺り厳しい。 まだ年端もいかない少女があくせく働くのをよしとしないのだ。 だから、兄ほどの忙しさがない。 だから、兄の事を考える時間ができてしまう。 そんなこんなでとぼとぼと歩き、西区画あたりまでやってきた。 まだ整備されたとは言い難い建物や道が広がっている。 「兄様たちはどこで作業をしているのでしょうか…」 カザンは広い。画面で見るよりはるかに広い。 エステリア達が育った村も、広いと言えば広い。 だが、それは何もない広さだ。 建物が建ち建ち建ち、という状態で広いカザンは、彼女にとって驚きでしかなかった。 それでも、住んでいれば慣れていくもの。 まだ完全というわけではないが、エステリアもカザンの一員になりつつあった。 音がする。それに、大きな声。 歩いていると、今までと違う空気が流れてくる。 きっとあっちだ。 少し早足になって、その方向へ進んでいく。 予想は当たり、そこには建物の修復らしきことをしている集団がいた。 少し探すが、その中に兄はいない。 トライドがいれば、エステリアはすぐわかる。 「あの…」 作業する一人の男に、聞いてみた 「他にもこのような作業をしているところがありませんか?」 男は答える。 「ああ、今日はあと二つ。そっちの角を曲がったところともう一つ奥でもやってるよ」 親切な男に礼を言い、エステリアは現場を後にした。 とりあえず、近いであろう方の現場に向かう。 その途中で、女の子とすれ違った。 「あのう」 でも、全然知らない子だったから、声をかけられるとは思っていなかった。 「英雄さんじゃ、ないですか?」 「えいゆう…ですか?」 エステリアは首を傾げる。彼女に英雄の自覚などない。 ただ、兄のために戦っただけなのだ。 「あの…英雄ギルド――オークザインさんのギルドの方ですよね?」 少女のその言葉で、ようやく合点がいった。 「あ、はい。そうですよ」 エステリアが答えると、少女はほっとした様子だ。 人間違いか不安だったのだろう。 「オークザインさんの知り合いの方ですか? 私はエステリアと言います」 「いえ、あの、知り合いといえば知り合いなんですけど…」 少女はエステリアのはきはきした態度に怖じ気づきながら、用件を語る。 オークザインの怪我に関しては、かなりの情報が出回っていると言ってもいい。 と言うよりも、カザン奪還メンバーの動向についてはプライベートもあったものではない。 連日のように詰めかけるファンなどはいないのだが(今のカザンはそんな状況でもない)、 ファンレターや感謝の手紙に関しては毎日結構な数がギルドハウスに届いている。 だが、その少女はそういった用件ではないようだった。 「オークザインさんが大怪我をしたと聞きました」 「…そうですね。幸い、命に大事はないのですが」 オークザインの話になると、エステリアは少し胸が痛む。 あの時、もう少し早ければ、オークザインは腕を失わずに済んだかもしれないのだ。 だがそれはもしもの話でしかない。 少女は、エステリアの顔が若干曇ったのに気づき、言った。 「それで、あの。これをオークザインさんに…」 少女が差し出した手の中には、お守り。 「わかりました」 エステリアはそのお守りを受け取る。 「旅人のお守り、とはちょっと違うみたいですね」 市販されている旅人のお守りは、誰でも簡単に作ることができる。 だが、このお守りはそれとは少し違っていた。 「いえ、皆さんはお守りをもう持っていますから…」 少女は経緯を話す。 自分の兄がハントマンとして旅立つために、旅人のお守りを作りたかったこと。 その材料をオークザイン達が集めてきてくれたこと。 お礼に彼らにもお守りをあげたこと。 「なるほど、そうでしたか」 「このお守りは、病気の人に早く治ってほしい時に渡すお守りなんです」 だから怪我のひどいオークザインに渡してほしい、と。 「分かりました。必ず渡しておきますね」 にっこりと、エステリアは言った。 「オークザインさんが無事だったのは、貴女のお守りのおかげかもしれませんね」 続けて言ったその言葉に、少女はどう反応していいかわからないようだった。 ***** 「ところで、この辺りには何の用事で来たんですか?」 少女が聞いた。そこでエステリアは用事を思い出す。 「そうでした。兄様に会いに来たんでした」 「お兄さんも、英雄さんですか?」 「ええ。兄様も一緒にキングと戦いました」 「もしかして、トライドさんの事ですか?」 「そうですよ」 トライドの名前は随分カザンの住民に知られている。 英雄的な働きをしたギルドの一員としてもそうなのだが、 カザン復興に対する精力的な活動の方が名を広めているようだ。 「お二人は兄妹だったんですね」 名前や実績に関しては知られていても、人間関係はさほど知られていない。 ギルドの人員情報はギルドオフィスが握っていて、表には出ないからだ。 だから、トライドとエステリアの関係をはっきりと知っている者はそれほどいない。 普通の人たちにとっては新しく入ったメンバー二人の認識なのだ。 「そうですよ。兄様の為に私がいるんです」 一瞬、少女は誤解しかけたが、エステリアの表情を見て思い返した。 なんだ、この人もわたしと同じなんだ。 お兄ちゃんを大切に想う、一人の妹なんだ。 「ふふっ」 自然と笑みが漏れる。 「どうしましたか?」 「いえ、あの…おんなじだなあ、と思って」 しみじみと言う少女に、エステリアも何かを察したらしい。 「お兄様は、まだ旅を?」 「はい。でも定期的に手紙を送ってくれるんです。俺は元気だぞって」 にっこりと嬉しそうに言う少女。 兄が無事帰って来る事を信じて疑っていない。 「あ、ほら、ここです」 そう言っている間に、作業現場の一つに辿り着いた。そこには 「兄様!」 皆に混じって汗を流すトライドの姿があった。 「? エステリア?」 トライドはなぜ妹が現れたのかが良くわからない。 それもそうだ。エステリアだってなぜトライドに会いにきたかなんてわからないのだ。 ただただ、トライドと触れ合う機会が少ない、とそれだけなのだ。 「兄様、差し入れですよ」 先ほど買い物した時に余分に買った果実を一つ、トライドへ投げる。 「あ、ぶないなあ…」 と言いながらも危なげなくキャッチし、トライドはエステリアの元へとやってきた。 「何しに来たんだ?」 「クーゼルヘルさんが、兄様を迎えに行って来いって」 ははーん。なんとなくだが、トライドにもからくりがわかった。 厄介払いか、お使いに使われたのか、妹は。 持っている買い物袋からすれば、お使いであることもまあわかる。 「それで、こちらの人は?」 トライドは基本的に誰に対しても丁寧に喋る。 エステリア以外には、なのだがエステリア自身はそのことを特別と思っているので特に問題はない。 「そこの角で知り合いまして…」 なんだか流れで一緒に来てしまっただけなのだが、 「始めましてトライドさん」 少女はちゃっかりと自己紹介なんかしてしまっている。 あれよあれよと会話が弾んで、エステリアだけ置いてけぼりだ。 「なるほど、それでオークザインさんにお守りを、ですか」 「そうなんです。トライドさんが今日こちらの方に来ていると聞いたので来たのですが」 「先に道に迷ってたエステリアと会った、と」 意地悪そうにトライドが言う。 「道に迷ってはいません!」 なんだか思わず叫んでしまった。 トライドと少女は顔を見合わせて 「はははは」 「ふふふ…」 二人して、笑った。 ***** 「では、僕はこれで失礼します」 その後しばらくしてトライドも作業に戻り、夕焼けが辺りを紅く染める頃、 トライドとエステリアは二人で帰宅の途についた。 「あの子と何を話してたんだ?」 「ふふふ…ないしょ、ですよ」 待っている間しばらくは、少女と喋っていたのだが 少女は少女で用事があるらしく、途中で帰っていった。 「あの子のお兄さんは『ラッキーズ』というギルドに所属しているそうですよ」 「ふうん」 トライドはエステリアを見た。 彼女が生まれてきてからずっと一緒だった。 離れて旅するというのは、どういう気分なのだろう。 「偶然会ったときはよろしく伝えておいて欲しいそうです」 『私も、このカザンで頑張っているよって』 「そうだな。偶然会ったら、か」 それは、トライド達が再び旅に出て、と言うことだ。 それならば、もう少し先の話であるかもしれない。 オークザインの傷も、この先の旅に耐えられるか分からない。 いま少しは、カザンにいることになるだろう。 だが、カザンの復興やら何やらが終わり、旅に出たときには。 ラッキーズという名のギルドを、探してみるのもいいだろう。 同じように妹を持つ身として。 「ん? どうした?」 ふと横を見れば、エステリアはとても嬉しそうな顔をしていた。 「いえ、兄様と一緒ですから嬉しくて」 「一緒って、今までずっと一緒だったじゃないか」 「それでも嬉しいんです。もう、兄様ったら」 むすっとふくれてみせる。 「はいはい、わかったよ」 そのしかめっ面の頭に手を置き、わしわしと撫でた。 「ふふ、兄様――」 途端、気持ちよさそうな顔に変わる。 現金な奴だな、などと思いながら、トライドは気が付いた。 (そういえば最近は頭を撫でてやったりしてなかったな) それで、一緒が嬉しい、か。 トライドは納得して、頭から手を離した。 「あ…」 少し残念そうなエステリア。 そんな妹に手を差し伸べ 「手、繋ぐか?」 言う兄。 「…はいっ!」 荷物のない手を兄の手に絡めるエステリア。 「兄様、兄様は私が守りますからね」 「わかってるよ」 幼少の頃から繰り返してきたその言葉。 そして、今や現実となっているその言葉。 夕暮れのカザン。人々はそろそろ皆家に帰る。 彼ら兄妹も、こうして自分たちの家に帰っていった。