○インターミッション  ・手紙 「あら珍しい、手紙が来てる」 カルティナは郵便箱から一通の手紙を取り出した。 差出人の名は…書いていない。 ただ『エステリアさんへ』と宛名だけ書いてあった。 「エステリアちゃん、こっちに友達がいたのね」 今はこの地にいない少女を想う。 彼女は、彼女らは今頃、アイゼンだろう。 「へえ、エステリアさんのお友達が」 「名前はないんだけど、おそらく」 その日も二人で夕食を食べながら、カルティナはあの手紙の話をしていた。 オークザインは片手で器用に食を進めている。 「あの復興の短い間に、彼女もここ住人になっていたんだね」 なんとなく、なんとなくオークザインが嬉しそうだと、カルティナは感じた。 (まあ、あの子はみんなの妹みたいなものだしね) カルティナは苦笑する。 オークザインの考えていたことは、彼女とほぼ同じだった。それが嬉しい。 まさかこんなに穏やかな生活をすることになるとは、自分でも考えもしなかったが。 カルティナはアイゼンの出だ。 都にほど近い、森の中にひっそりとできたような村。そこで生まれた。 アイゼンはルシェには厳しい。奴隷かそれ以下の扱いしかしない。 そんな奴隷たちが逃げ出して作ったのがこの村だ、とカルティナは聞かされて育ってきた。 だが、年を取るごとにそれが嘘だと分かってくる。 時々、住人が減っていることがあった。 たとえば、子供。たとえば、若い女。他にも、若い屈強な男。 皆、知らないふりをしていた。 いや、もしかすると忘却の効能があるという海水を飲まされていたのかもしれない。 村の住民は誰かが消えても普段の生活を繰り返す。 そして、見てしまった。 アイゼンの貴族と思われる人間と村長が密会している現場を。 密会、ではないのかもしれない。もう皆知っているのだ。 この村が、アイゼンの奴隷を育てるために存在していることを。 何のことはない。村は、牧場と同じだった。村人は、家畜と同じだった。 その事実を知りカルティナは決心した。自由を目指すことを。 そうして村を飛び出し、たまたま出会ったハントマンギルドに同行した。 ハントマンとして、人としてのカルティナは、ここから始まったのだ。 その後、腕を磨きギルドを独立したカルティナは、オークザインと出会う。 元々オークザインと共に行動していたフィル、歌姫となるべく修練の旅に出たクーゼルヘル。 カルティナを入れ四人でギルドを結成することになるが、それはさらに数年後だ。 ハントマンとしての生活は苦労もあったが楽しかった。生きる実感があった。 だが、今のこうした生活に充実感を持っているのもまた事実だ。 それはオークザインの存在が大きいかもしれないが、それはあえて意識しない。 互いに惹かれあっているはずなのだが、なぜかその先へ進めない二人だった。 ***** そうこうしている内にも時は流れ、トライドたちがアイゼンから帰ってきた。 帝竜デッドブラック退治という勲章を手に入れて。 メナスの命によりプロレマへ行く、と報告しにきた四人に、オークザインは言った。 私もプロレマへ連れて行って欲しい、と。 カルティナは知っていた。オークザインの努力を。 片手で剣と盾両方を扱う訓練をしていた。 剣を捨て、盾だけで戦う戦法を考えていた。 そして、腕を失ったことを悔いて自らを痛めつけたことも、全て知っていた。 だから、プロレマの技術にすがろうとするその気持ちを、少しかもしれないが理解をしていた。 「勿論、わたしも行くわ」 トライドがオークザインと共に行くことを拒まなかったのを見て、カルティナは言った。 持つ荷物は、少しだけ。 オークザインもカルティナも、久々の旅だが、持つものなどありはしない。 強いて言うなら武器だけだ。 カルティナの刀はエステリアへと託されていた。 キング戦でエステリアの刀は折れ、結果としてオークザインは助かった。 その感謝に、カルティナは自らの分身を託したのだ。 それは今もエステリアの元にある。 だから、新しい刀を手にした。それを送ったのは驚くことにメナスだ。 メナスは、ドリスの剣から新たに二振りの剣を作り出そうとした。 『王者の剣』ネストルと、『偉大なる風』のオークザイン。 メナスはドリスの遺志を剣に乗せ、二人に送るつもりだった。 しかし『王者の剣』は、継ぐものは遺志であり物ではないと受け取らない。 オークザインも初めは辞意を持っていたが、カルティナが反対した。 ルシェであるカルティナは、剣に遺志が乗っているなら受け取るべきだと主張したのだ。 結果、オークザインは申し出を受け、もう一本は刀になり、カルティナに送られることになる。 その刀が、今カルティナの手にあった。 「カルティナさん」 出発前の飛空挺の甲板で、エステリアが寄ってきた。 トライドがノワリーと打ち合わせているので所在がないのだ。 「エステリアちゃん、どうしたの?」 「兄様に追い出されました」 苦笑する。トライドのことが大切で仕方がないのだろう。 「まあ、仕方がないわ。リーダーは色々と忙しいものよ」 オークザインも打ち合わせなどで一人会合に出たりしていたことを思い出した。 思い出すといえば、もう一つ。 「そういえば、少し前だけどエステリアちゃんに手紙がきてたわ」 少しの荷物の中からその手紙を取り出す。差出人は不明。 ただ、宛名の字はかわいらしいのでエステリアと同年代の女の子と察することが出来る。 「手紙? 誰からでしょう…」 「お友達みたいだけど?」 心当たりはないらしい。 「ええっと…ああ!」 蝋を開封し、そこでなるほどと声を上げる。 手紙の主は、以前出会ったあの少女のものだった。 エステリアさん、お元気ですか。私は元気です。 皆さんがまた旅に出られたと聞きました。 私は無事を祈るくらいしかできませんが、きっと戻ってきてください。 …社交辞令はこれくらいでいいよね。 あのね、エステリアさんにお願いがあるの。 この手紙を読んでいるのがいつかわからないけど、それでもお願いしたいこがあるんだ。 もしわたしのお兄ちゃんと会ったら、手紙を渡して欲しいの。 ハントマン同士だからいつどこで出会うかもわからないんだけど、でもいいんだ。 きっとどこかで偶然出会うよ。 わたしじゃあお兄ちゃんに手紙が送れないから、お願いしてもいいかなあ? 誰に頼んでいいかわからないし、エステリアさんに頼みたいんだ。 中に入っている封筒がその手紙だよ。 あ、無理して探さなくてもいいよ。本当に偶然会ったときでいいからね。 この手紙がいつ届くかは分からないけど、それでもわたしはお兄ちゃんの妹だもん。 お兄ちゃんを応援してるってちゃんと伝えたいんだ。 あ、もちろんエステリアさんたちも応援してるよ。 トライドさん、いいお兄さんだよね。 ちょっとしか話さなかったけど、本当にエステリアさんのこと大事そうだった。 二人も、他の皆さんも気をつけて旅をしてね。 「なるほどね」 ちらりと覗き見をしたカルティナが言う。 「カザンで仲良くなったんです」 その少女に思いを馳せながら、エステリアは言った。 ***** 「それにしても、手紙、ね」 エステリアが少女から受け取った手紙は懐に縫いつけておいた。 これで無くすことはないだろう。 「離れた人に気持ちを伝えるなら、やっぱり手紙が一番かな」 カルティナは思う。 自分の想いを手紙に乗せて届けることができるかもしれない、と。 ただ、今はその時ではない。彼が再び立ち上がるまで、ひとまずお預けだ。 「プロレマには通信という手段がありますよ」 と、そこに打ち合わせを終えたらしいトライドとノワリーが現れた。 「ただ、我々はあくまでも連絡手段として使用しています」 プロレマの技術は悪用されないため厳しい使用制限がある。 電波通信も魔力通信も仕様用途は制限されていた。 (都市伝説にルシェ同士の耳を用いた通信法があるらしいが根拠はない) 「例えばこの船も逐次プロレマと連絡を取り合っているので道には迷いません」 ノワリーは誇らしげに言う。 「なんだかずるいですね」 エステリアの感想に、その場の三人とも吹き出した。 「『彼ら』はどうだ」 「カザンを出発してこっちに向かってるです」 当のプロレマでは、そんな会話が繰り広げられていた。 「飛空挺の速さなら、半日もあれば余裕で到着するです」 学長室と呼ばれる最上階には、ファロとエメルの二人きりだ。 「そうか、着いたらまた連絡をくれ」 「はいです」 ファロを下げ、広い部屋にエメルは一人きりになった。 (これが億の昔ならば、瞬間的に移動できるというのにな) 全てはこの瞬間、この時代のために準備してきた。 前回は痛み分けに終わったが、今回ははたしてどうか。 いくら技術を提供してきたとしても、以前のレベルにはまだ引き上がっていない。 (いや、前回の戦いを経て、種としての力は上がっているはず) 頭を巡らせる。 妹とは方法が違うかもしれない。だが── 彼女は、プロレマのエメルは、ドラゴンを倒すためだけに、表舞台にいるのだ。 飛空挺墜落の報が入ったのは、それから間もなくのことだった。 ***** 「クーゼルヘルは、何をしてる?」 プロレマを離れた船上。船室のひとつに、クーゼルヘルとヴェネミトラがいた。 「手紙よ」 クーゼルヘルはすらすらと美しい文字を紡いでいく。 「クーゼルヘルは字が綺麗だ」 ヴェネミトラが言う。心底感心しているらしく、いつもより目が大きく開いている。 「ありがと」 ミトラの言葉は全てが本心だと、ここ数日の付き合いでクーゼルヘルは知っている。 嘘をつくことすら知らないようなのだ。 「それで、誰に出すつもりだ?」 その言葉に、ぴたりとクーゼルヘルの手が止まる。 「…姉さんよ」 クーゼルヘルには姉がいる。 クーゼルヘルと同じ、歌姫である姉が。 「そうか、クーゼルヘルには姉がいるのか」 「ええ」 姉の姿を思い出す。ふわふわの髪の毛。おっとりした佇まい。 「姉さんは誰からも愛される人だったわ」 過去を、少しの後悔を込めて、クーゼルヘルは思い返した。 「姉さん」 「なあに、クーちゃん」 「姉さん、私は修練の旅に出ます」 そう言うと、姉はとても驚いた。 「…どうしてなの?」 「修練に出る理由なんて一つしかないですよ」 無理をして笑った。 「だって、クーちゃんは私より才能あるじゃない」 その笑みを突き崩すように、姉は言う。 「だから、私が外で結婚してクーちゃんが家を継げばいいのよ」 「…別に家を継ぐつもりはありません」 クーゼルヘルは苦虫を噛み潰したような笑顔で答えた。 「姉さんは太陽だったから、あたしは月になろうと思った」 ぼそり、とクーゼルヘルは言った。 ミトラに聞こえているかはわからない。ただ、これは彼女なりの贖罪だ。 「姉さんはあの家で幸せになるべきなのよ」 だから自らをお気楽に演出した。 だからいつも一歩引いていた。 だから家を飛び出した。 「…クーゼルヘルも苦労してるんだな」 ミトラが感情の薄い声で言う。 今はそんな声が嬉しかった。 「でも、もう何年も経っちゃったわ。なんせ三年も寝ちゃったもの」 おどけて言う。 「心配してるかもしれないから、手紙くらいは送らないと、ね」 世界がフロワロに包まれた今、それすら届くのか怪しいものなのだが。 ***** 「お兄ちゃん、頑張ってね」 「クーちゃん、今何をしているのかしら…」 「ドラゴン…にっくき敵め!」 「エビフライが食べたいな」 「『災厄』か…」 「兄様は、きっと私が守りますから」 様々な想いが、今日もエデンを巡っている。