○第三章 砂と雪の地 ・その四 炎帝 炎帝竜フレイムイーターは、デ=ヴォ砂漠の奥にいる。 幾人ものルシェの戦士が奴に挑み、そして死んでいった。 デ=ヴォ砂漠は、そんな戦士たちの眠る地でもある。 「少し、思ったことがあるんだが」 フィルが口を開いた。 「フレイムイーターを滅ぼせば、バ=ホのドラゴンを消すことができないか?」 それは、トライドも思っていたことだ。 「帝竜を倒せば、その影響下にいいるドラゴンもまとめて消える、はずだ」 キングを倒せばカザンのドラゴンが消えたのと、原理は同じはず。 「…それは僕も考えました。でも結局は僕ら次第ですよ」 前提となる条件がフレイムイーターの討伐だ。 トライドは考えていた。 帝竜を倒した後の事よりも、今倒す手段を模索すべきだ、と。 「まあ、フレイムイーターを倒せばいいんでしょ。とっとと行くべきよ」 クーゼルヘルがスタスタと砂漠内を歩いていく。 所々でルシェの兵士がそんな彼らを先導した。 「ジェッケとバントロワはどうするんだ?」 炎帝竜の名の通りかもしれないが、だんだん周りの温度が上がっている。 フレイムイーターに近づいている証拠だろう。 「ジェッケさんは部隊の再編、バントロワさんは周囲のドラゴンを狩っているそうです」 ジェッケは王の間にいた男、バントロワはその女のルシェだ。 彼らは王の信頼厚い側近であり、片腕同士でもあった。 「部隊の再編って、間に合うのかしら?」 「知らん。俺たちでなんとかすればいいだけだ」 高揚感からだろうか、フィルの口はいつもより軽い。 「あ、ほら、また兵士さんですよ」 トライドがネバン兵を見つけて近寄った。 「この先にフレイムイーターがいる!」 兵士は言う。 「いよいよか」 フィルが短剣を抜いた。先手必勝。 「ミトラ、今回は氷の魔法が良いと思うわ」 大滑砂での戦いを知らないクーゼルヘルだが、判断は的確だ。 彼女はミトラに話しかけた後、戦歌を歌い始めた。 「兄様、今回も…」 エステリアも刀を抜く。 「ああ、きっと勝てるさ」 キュッと槌を握り直し、トライドは言った。 「行きましょう!」 ***** ばりぼりがり 奇妙な音が響く空間に、トライドたちは突入した。 途端に感じる死臭。 「人を…食ってやがる」 憎悪の目でフィルが見るその先、フレイムイーターの更に口元。 そこから生えているものは──手だ。人の、手。 フレイムイーターはトライドたちに気づくと、その口の中のものをペッと吐いた。 腕が、地面に叩きつけられる。その先、体はすでにない。 食べられてしまったのだろう。 「また餌が来たか…」 フレイムイーターが煩わしそうに言う。 「おとなしく食べられればいいものを、どうして抵抗をするのだか」 「満腹なら少しは運動したらどうだ」 フィルが挑発する。 「よかろう、我が餌となるがいい」 言葉を発すると同時に、炎の固まりが降り注いだ。 「あっぶないわね」 戦歌の詠唱を続けながら、クーゼルヘルが鞭を構える。 ミトラは最初から内なるマナにコンセントを仕掛けていた。 そして、放つ。 「凍てつけ! フリーズ!」 氷の弾丸が高速でドラゴンに突き刺さる。 「よし!」 間髪を入れずにフィルとエステリアが斬りつけた。 「ぐああああぁぁぁぁ」 更に連撃。 ミトラの放つ氷の礫が当たり、エステリアの縦一文字が爪を折る。 フィルの短剣は毒を以て内部からじわじわと効いてくる。 「んのおおおぉぉぉ! 餌の分際でえええぇぇぇ」 フレイムイーターが炎を吐くが、当たらない。 そのまま狂ったかのように炎を吐き続けるドラゴン。 ミトラの弾丸は炎に消され、温度の上昇と共に近接組の二人もだんだん近寄れなくなる。 「焼き焦げるがいい!」 得意げにフレイムイーターが言い、一際大きな炎を吹いた。 「ミトラ!」 トライドは叫んだ。彼女が意図を察するかはわからない。 だが、ヴェネミトラは、イクラクンの少女は聡明だ。 とっさの判断で印を切り、呪文を紡ぐ。 そして、あたりが爆散した。 「さて、生の方が好みだが仕方あるまい」 フレイムイーターが余裕の笑みで煙の吹く周囲を見回す。 焦げた匂い。 ドラゴンの欲する匂いが、あたりには漂っている。 が、しかし。少ない。 「ぬう?」 傷ついた体を動かしながら、ドラゴンは焼死体を探す。 が、しかし。見つからない。 そして気づいた。煙が、霧が、視界を覆っていることに。 遅い。 どこかで、そんな声がした。 「やあああぁぁぁぁっ」 フレイムイーターの背後を取ったエステリアは、必殺の一撃をドラゴンに放った。 間一髪で避けられたが、右の翼を切り裂いた。 「エステリア、そのまま畳みかけろ!」 トライドの声が響く。霧は未だに晴れてはいない。 ミトラが瞬時にフリーズヴェイルを張ったおかげで、兄妹だけは無傷だ。 彼女の魔力では、二人に張るのが精一杯だった。 つまり、彼女自身も炎の爆発に巻き込まれたことになる。 トライドは大急ぎで三人の治療に当たっていた。 「餌があああぁぁぁ!」 エステリアの矢継ぎ早の斬りつけを受けながら、フレイムイーターがもがく。 そんなことには構わずエステリアは斬る、斬る、斬る。 クーゼルヘルが復帰し、二人でフィルとミトラの回復を手分け出したとき、 「ぬあああぁぁぁぁ」 フレイムイーターの体が燃えた。 炎にエステリアの髪の先がチリチリと焦げる。 それだけでは済まない。刀を振るったその腕も、火傷に紅くなった。 「炎の鎧がある限り我は無敵だ!」 勢いを取り戻したのかフレイムイーターの声に弾みがつく。 「あれって…」 ミトラの回復をしていたクーゼルヘルが呟く。 「フレイムヴェイル」 ヴェネミトラがきちんとその後に続いた。 「でも、恐ろしく強力」 自分にはできないとミトラは言う。 確かに、ドラゴンには以前フィルにかけたものより何倍も強力な炎が宿っている。 「近づけないな…」 こちらもなんとか復活したフィルがトライドに言った。 「飛び道具もたどり着く前に燃え尽きてしまいそうですね」 エステリアは燃えない位置で距離を取っている。 近接、というにはあまりにも遠い距離だ。 「これはミトラだけが頼りになるかもな」 フィルはそう言ったが、ヴェネミトラの氷すらドラゴンに届くかは不明瞭だ。 「ふふふ、ははははは! 餌は餌らしくおとなしく食われることだ」 フレイムイーターが高笑いした、その時。 「五月蠅いな、このトカゲが」 その一言と共に、一陣の風が吹き抜けた。 ***** 悠然としたその姿。ピンと立ったルシェ耳。 「どうした? 火トカゲ」 バントロワは大振りの剣を軽く振りながら言う。 「自慢の衣は吹き飛んだぞ」 先ほどの風は彼女の剣圧によるものだ。 その風は、フレイムイーターの炎の衣をはぎ取った。 「この餌がああああ!」 絶対防御が破られたからか、フレイムイーターが激昂する。 無茶苦茶に尾を振り、炎を吐き、ところ構わず攻撃した。 炎の爆発にトライドが、クーゼルヘルが飛ばされる。 フィルは避けるので精一杯。ミトラはバントロワが防いだ。 エステリアは、暴れる尾に弾かれる。 かに見えたが、彼女は尾に取り付いた。フィル直伝の技だ。 鱗の間に刺した刀で体を支え、更に傷を抉る。 しかし、激昂しているドラゴンは痛みなどお構いなしだ。 暴れる尾はそれこそ縦横無尽に動き、そのたびにエステリアは振り回される。 「こざかしい!」 バントロワが放つ剣圧が再びフレイムイーターを襲うが、動きを一瞬止めたのみだ。 「ちいっ」 舌打ちをする。 バントロワは大振りであるが故に、細かい動きが苦手だ。 それは、並のドラゴンなら一刀だが、帝竜には当たらない。 「それでいい、動きを止めてくれ」 そんなバントロワにフィルが言った。反撃の糸口があった。 エステリアも体勢を立て直し、刀を抜いた。血しぶきが舞う。 バントロワがまた剣を振るった。 「今だ!」 起こった風の後を追いフィルが駆ける。 エステリアは逆側から風に逆らい走った。 両者が交差したそこには、ドラゴン。 二人の刃はフレイムイーターの両足を凪いでいた。 「ぬああああぁぁぁぁ!」 たまらずドラゴンは飛んだ。 「エステリア!」 フィルの反応が早いが、彼の跳躍は届かない。 そんなフィルを更に踏み台にし、エステリアは跳んだ。 しかし、ほんの少しだけ遅い。届かない。 「餌があああぁぁぁぁ!」 周囲に八つ当たりのごとく炎を巻きながら、フレイムイーターは去っていった。 「待て!」 フィルが追うが、数歩で諦める。 既にドラゴンは小さくなっていた。 「逃げられた…!」 トライドたちは、歯噛みするしかなかった。 ***** 「おいおい、ありゃ何だぁ」 意気消沈する五人のもとにジェッケが現れた。 ご大層に編成しなおした部隊を連れて。 「どうやら逃げられたようだ」 バントロワが言う。 「なるほどな。だが、帝竜は追っ払ったんだ。やったじゃないか」 そう言いカッカッカと笑うジェッケ。 そんな様子に、トライドたちも少しだけ立ち直った。 「バントロワさん、加勢に感謝します」 トライドはバントロワに頭を下げる。 「あんな方法は思いつきませんでした…」 エステリアが言う。 彼女の剣は基本速いし重いが、あそこまでの風を起こせないだろう。 「気にするな。当然のことをしたまでだ」 いつものようにな、とバントロワは言う。 「しかし、これでルシェ王との約束が駄目になってしまったな」 「ああ、大丈夫だろ?」 フィルの呟きにジェッケが答えた。 「功績はあるんだ。ルシェは結果だけを求める民じゃねーよ」 実際その通りだった。 ルシェ王はフレイムイーターを逃がしてしまった事に深くは言及せず協定への協力を約束した。 早速、ミトラがプロレマに連絡をする。 エメル学士長からの指示は早い。 各国首脳は速やかに召集されることになった。 「ついてはお前たちのにも会議に参加して欲しいのだが」 エメルは言う。 「あたしパス」 反射的に答えるクーゼルヘル。 「そうだな、オークザインもいるんだ。俺も必要ないだろ」 フィルも同調する。 「あのなあ…会議じゃあドラゴン対抗の作戦も練るんだ。参加しない手はないだろ」 「参加しよう」 「ちょ…裏切ったわね」 「それで少しでも早くドラゴンを殲滅できるなら行くさ」 トライドは勿論行く気だし、エステリアは当たり前について行くだろう。 「ミトラは?」 「報告もあるので一旦戻る」 流石に一対四では居残る主張もできない。 おとなしくクーゼルヘルも従うことにした。 それに、一人旅はしばらくしようとも思わない。 「で、俺たちは留守番だ」 ジェッケがひらひらと手を振り見送ってくれた。 「大丈夫だとは思うが、留守をよろしく頼むぞ」 ルシェ王が言い、ジェッケは任せろとばかりに腕を振り上げる。 「お前らも、王をよろしくな」 「一応了解しておくわ」 こうして、ついにプロレマ会議への出席人員が揃ったのだ。