○第四章 帝竜討伐 ・その一 消えないフロワロ ネバンプレスのフロワロが消えない。 その事実から導かれる結論、それは。 西大陸に、まだ帝竜がいる。 ということだった。 ***** 「酷いな、これは」 ジェッケが唸った。 バ=ホは、砂漠中部の拠点として栄えた街だ。 だが、今は見る影もない。 「さて、バントロワはどこだ?」 先行しているバントロワは既にバ=ホに入って潜伏している…はずだ。 『誓いの種』というギルドと合流している手はずなのだが、潜入後から連絡がない。 「とりあえず、ポイントへ行くか」 落ち合う場所は決めてある。 ジェッケは、あまり役に立たない地図を頼りに部隊を率いてバ=ホの門をくぐった。 「…成る程な!」 街に入って間もなく、早速何かが襲いかかってきた。 よくよく見れば、ネバン兵だ。 しかし、何かが違う。 あしらいながらも、ジェッケはその理由を探そうとした。 いや、探すまでもなかった。なぜ最初に気づかなかったのか。 襲いかかってくるネバン兵は全てが死体だったのだ。 「ちっ…聞いた通りか。趣味の悪い」 毒づいても、張本人に届くはずもない。 「隊長!」 部下が更に何かを発見する。 来た! ドラゴンだ! 「総員、あしらいつつ進行だ! ポイントに急ぐぞ」 先陣に立ち進みながら、部下に指示を出した。 いったい、この街はどうなってしまったのか。 疑問を口に出せば不安になる。自分も部下も。 だから、ジェッケはその言葉を飲み込んだ。 ***** 世界協定は成立した。 各国はドラゴンの情報を持ち寄り、意見を交換した。 話し合いの結果、帝竜の情報はプロレマが一元に管理することになっている。 そして、帝竜の情報は複数あったので、トライドたちはパーティを分けることにした。 ある程度情報があるドレッドノートはオークザインとカルティナ、クーゼルヘルにヴェネミトラ。 そして西大陸にまだいるだろう姿の見えない帝竜は、トライド、エステリア、それにフィル。 空帝竜インビジブルも存在は確認されているのだが、プロレマが作戦を立案中だ。 フレイムイーターもある程度の場所は分かっているが、地形的に飛空挺がある方がよい。 そういった訳で、トライドたち三人は再び西大陸へ渡り、バ=ホにたどり着いた。 「酷いなこれは」 フィルが顔をしかめた。 前回より、確実に悪化している。 フロワロも咲き乱れ、いつかのカザンのようだ。 「ジェッケさんたちは大丈夫でしょうか?」 ルシェ王から、今回の帝竜の作戦はバ=ホを中心に行うと聞いた。 ジェッケとバントロワが送られているらしい。 「ちっ、ルシェ兵か」 舌打ちしたフィルが見たのは、ルシェ兵のアンデッドだ。 「増援を送り込んでもこれじゃあな」 短剣で道を開きながら呟く。 「先行している皆さんは大丈夫でしょうか」 図らずもジェッケと同じような行動を、トライドたちはしていた。 合流ポイントとして指定されているのは、中央広場、となっていた場所だ。 今は広場などではなく、ただの瓦礫が積もっているだけの場所になる。 「これは…」 ドラゴンを避け、ゾンビを払いながらたどり着いたトライドたち。 その目の前には、ドラゴンが居座っていた。いや、ドラゴンたちが群れていた。 「おお、いいところに来たな!」 声と共にジェッケが現れた。バントロワもいる。 「皆さん、ご無事ですか?」 「何人かはやられちまったがな」 ジェッケの言葉に悲壮感はなかった。 ルシェは守るもののために命を投げ出すことに躊躇いなどない。 それは、自らの命であっても同様だ。 だが、この地においては── 「まあ、元々の同胞を滅ぼすのはいい気分じゃねえがな」 死人は蘇る。意志のない人形として。 「心中察する」 フィルが珍しく気遣うような事を言った。 「いや、仕方がないさ」 ジェッケは相変わらずだが、その思いは誰にもわからない。 「それで、あのドラゴンの集団は?」 トライドは問うた。話の流れを変えるように。 「さてな。俺が来たときには既にいたぞ」 「同様だ。既にあそこにいた」 バントロワも同じように言う。 「生き残りの話からすれば、出現したのはフレイムイーターが去った後だ」 フレイムイーターと聞き、トライドの顔が少し強ばる。 「それは、つまり…」 「ただ単に影響力の変化だろう。フレイムイーターで抑えられていたものが出たんだ」 つまりは、フレイムイーターを倒していてもこうなったということだ。 気に病むことはない、とのジェッケの心遣いでもある。 「…生き残りがいるのか?」 フィルが聞く。そういえばジェッケはそう言った。 「ああ。残念ながら数名だがな」 ついてこい、とジェッケは広間を引き返した。 入ったことのない入り口から、一つの部屋に入り込んだ。 そこに居たのは、数名のルシェ。それに。 「よお、また会ったな。生きていてくれて嬉しいぜ」 斧の手入れをしていたクロムが三人を迎えた。 ***** 「結論から言う。『誓いの種』は壊滅だ」 クロム、トライドたち三人、それにジェッケが集まっていた。 バントロワは哨戒をしてくると部下を連れ街へと消えた。 「メンバーのほとんどは死んだか重傷だ。動けるのは…俺くらいか」 いつもより重い口調でクロムが言う。 ジェッケの話にあったように、ある時期からいきなり攻撃が激しくなったらしい。 「広間にドラゴンが結構いただろ。あれもその時湧き出てきたんだ」 急激に数が増え激しくなったドラゴンの攻撃に、仲間たちは次々倒れていった。 ネバンプレスからの援軍も、以前ならば有用に働いただろう。 だが、今この現状では、言ってはなんだが無駄に近い。 そういった趣旨の話を、彼にしては驚異的な短さで語る。 ジェッケも 「この状態じゃあ何もできねえよ」 と言っただけだ。 「つまりは、元を断つ必要があるわけだ」 フィルが言う。 「その通りだ」 同意の声は、五人とは違う人物から発せられていた。 『誓いの種』のリーダーだ。 眼鏡をひび割れさせたその魔術師。 「お前なあ、寝てろって言っただろ」 クロムが言う。気遣っている様子がありありとわかった。 「そうもいかんさ」 魔術師は眼鏡のつるをクイッと上げた。 「皆の弔いの意味だってある。俺だけ何もしないわけにはいくまい」 全身に包帯を巻き、杖の助けを受けて立っている身でそんなことを言う。 「肉体は少し休養が必要だが、頭くらいは動くぞ」 トライドの心配そうな目線を察してか、動く手で頭をコン、と指す。 「いえ、無理はしないでくださいね」 「頭は無理させて貰うがな」 ニヤリと笑い、五人の輪の中に押し入った。 「さて、まあ察しように、この街が帝竜の影響下にあるのは間違いないだろう」 そして、クロムを差し置き喋り出す。 「フレイムイーターの影響が減ったため、本来の力が吹き出したんだ」 「その経緯は話したぞ」 言い掛けたジェッケを手で制し、更に続ける。 「実のところ俺は、この街に帝竜がいるんじゃないかと思っていた」 クロムが神妙に頷く。 「この街は特殊すぎるんだ。死者の蘇る街はここ以外に見たことがない」 「だから帝竜の影響が強いと?」 「そう。それは帝竜が潜んでいるからだと思っていた」 だから残って捜査を続けていたのだと、魔術師は言った。 「しかし、違ったようだ。ここは帝竜の影響を受けているだけにすぎなかった」 「それはどうしてですか?」 トライドが疑問を呈する。 「帝竜の力が相互に影響していたってことは、遠くからの二つ力がぶつかっていたってことだ」 フレイムイーターといまだ見ぬ帝竜。 二匹の影響が先のバ=ホ。 そして一匹の影響が消えたのが今のバ=ホ。 帝竜がその地にいるなら、遠方の帝竜の影響はほぼ受けないだろう。 そう捉えるならば、バ=ホに帝竜はいないことになる。 仮にバ=ホに居るならば、フレイムイーターよりも数段核は下になるだろう。 流石にそれは考えづらい。 「西大陸にいるのは間違いないだろう。俺は南方が怪しいと見る」 バ=ホから考えて、フレイムイーターのいた場所は北東になる。 それ以北にドラゴンがいるとは考えにくい。 ならば、南方だろう。西は海だ。 「俺の知り合いがゼザにいるんだが、彼女なら何か気づいたかもしれん」 分析師としての腕は一流だという。 「ああ、あと、そのことなんだが…」 ジェッケが口を出す。今回は制止が入らない。 「プロレマの技師が、帝竜を発見する装置を作成したんだ」 ピコピコと光る手のひらサイズのキューブを取り出す。 「なんでも三つを決まった座標に置くと発見できるらしいんだが」 「本当ですか?」 「たぶんな。あっちの技術は信用してるが、ドラゴン相手だとちょっとわかんねーからな」 どうやら、その装置はドラゴンの持つ固有の影響力を測定するものらしかった。 「設置を頼みたいんだが、どうだ?」 元々そういう計画だったらしい。ジェッケはトライドに話を持ちかけてきた。 「別に構いませんけど…」 語尾が弱くなったのは、エステリアが乗り気ではなかったからで 「エステリアはどうしたいんだ?」 それが気になったトライドは、妹に聞いてみた。 「いえ、あの…」 エステリアは驚き、戸惑い、それでも言った。 「私は、ゼザの分析師の方にお話を伺いたいです」 なるほど、とトライドは思う。妹は汲んであげたいのだ。 『誓いの種』の遺志を。 「わかった。ゼザに行こう」 そう言い、妹の髪を撫でる。 旅する間にずいぶん背が伸びたな、とその時初めて思った。 「じゃあ、俺はルシェ兵とその装置を設置してこよう」 そんな二人を見て、フィルが進み出る。 「並行したほうが話も早いだろう」 確かにそうだ。 「わかりました。それじゃあ一度別行動にしましょう」 トライド以外のメンバーにも、少しずつ芽生えつつある。 『このエデンを救うんだ』という意識が。 ***** トライドたちがゼザに着いた頃、フィルも装置を設置して回っていた。 クロムも同行している。 「帝竜の居場所がわかったら俺も連れて行ってくれ」 クロムはそればかりだ。 「今はトライドがリーダーだ。トライドに聞け」 フィルが億劫に言う。 「まあ、戦力が増えるのは喜ばしいことだろう。斧使いはいないしな」 「頼むぜ。皆の敵を討ちたいしな」 そんなことを言うクロムの目を、フィルは見つめた。 「死にに行くような真似はするなよ」 なぜか、クロムが死に場所を探しているような気がして 「そんな馬鹿な。妻をカザンに残して死ねるかよ」 気のせいだったと、クロムの長い妻自慢を聞きながら後悔した。 港町にポツンと立つ家。 「えっと、ここだ」 トライドとエステリアは、その分析師の家にたどり着いた。 ノックをすると、どうぞという声がした。女性だ。 中にはいると出迎えてくれたのは、ルシェの女性。 「あなたたちはハントマンね。何のご用かしら?」 「いえ、少しお話を聞きたくて」 事前に書いて貰った紹介状を渡す。 その手紙を読み、ルシェの女性はなるほどねと呟いた。 「帝竜がまだ西大陸にいるって事よね?」 「はい。かなりの確率で」 「ふむ…」 女性は耳をぴこぴこさせて、考えた。 「私の憶測だけど、ショラモン山脈が怪しいわ」 「南部山脈、ですか」 「そうそう、よく知ってるわね」 女性は感心しているらしい。 そりゃそうだ。そんなマイナーな山脈を知っている方が驚きだ。 「ショラモン山脈の波形だけが、なんだか妙なのよ」 分析師としての顔で、女性が言う。 「ショラモン山脈のどこかに帝竜がいるわ!」 その情報を持って、バ=ホへ戻った。 「戻ったか。どうだった?」 バントロワが居ないため、ジェッケが対応した。 「分析の結果、ショラモン山脈だそうです」 「やはり南部か」 『誓いの種』の魔術師もそう言っていた。 彼は今、治療を受けるために少し北にあるキャンプにいるという。 「フィルさんは?」 「まだだ。そろそろ戻ってくるとは思うんだがな」 どうやらフィルたちより少し早かったらしい。 「まあ、そうだな。あいつらが戻ってから今後を決めよう」 「南へ行きますか?」 「おそらくそうなるだろうな。お前らの働きにも期待してるぜ」 フィルたちが戻ってきた。 「おう。ご苦労だったな」 「で、場所は?」 「プロレマの技師が解析している。っと、来たぞ」 通信があったらしい。 「はあ!?」 素っ頓狂な声が上がった。 「なんてこった。誰も気づかないわけだ」 「どこなんだ?」 「帝竜は…ジ・アースと名付けられた帝竜は」 皆が唾を飲む。 「ショラモン山脈そのものだ」 最初、言葉の意味がわからなかった。 ***** ルシェ王の判断は迅速だ。 バントロワが王に判断を仰いだすぐ後に、討伐隊の結成は成っていた。 「複数チームによる同時攻撃ならば、いかに巨大な竜とでも戦うことができよう」 王はそう言う。 「そなたらの活躍、期待しているぞ」 ルシェの戦士たち、それにトライドたちは、共に南へ。 その地にそびえ立つ、帝竜ジ・アース討伐作戦が、遂に形を持ったのだ。