○第四章 帝竜討伐 ・その三 詩─うた─の鳴る地 その地は、マレアイアの住人にとって神聖なる地。 その塔は、マレアイアの住人にとって神聖なる塔。 神なる塔に、その帝竜は土台を構えた。 言ったとおりに帰ってきた。 クーゼルヘルはそんな思いを抱いた。 「ここが、クーゼルヘルの故郷?」 「そうよ」 マレアイアへと続く桟橋だ。 カルティナ、クーゼルヘル、ヴェネミトラの三人が、そこにいた。 オークザインは船で留守番だ。マレアイアは女性のみ入れる地だから仕方ない。 「セティス様に詳しい話を聞きましょ」 前回訪れたときには、果たせなかった。 今回はそうはいかない。 なんといっても、仲間がいる。 力を合わせたならばきっと、一人ではできないことができるんだ。 謁見の間で、セティスとシャンドラが待っていた。 「神の塔へ行くのですか?」 クーゼルヘルがメンバーを紹介してすぐ、セティスが聞いた。 誰もがわかっていたはずだ。それは。 だがあえて確認。本当の意志を問うたのだ。 「ええ、私がここに来る意味、今はそれしかありませんから」 クーゼルヘルが淀みなく言った。 「ここにいる者、そして今はいませんが、船に待っている者」 もちろんオークザインのことだ。 「我々できっと為してみせます。私の故郷のため。そして──」 「世界のために、ですね」 シャンドラは頷いた。 「ええ、どうやら私はそういう星を持っているようですから」 茶目っ気たっぷりにクーゼルヘルは言い、二人を連れてその場を辞した。 「国のトップに対してあんな態度で大丈夫なの?」 ひそひそと、カルティナが言う。 「大丈夫よ。あたしは名が売れてるから」 それも色々な意味で、だ。 「…クーゼルヘルは人気者だな」 その発言に対してか、ぼそりとヴェネミトラが呟いた。 「へ?」 声が小さかったのと、カルティナの方を向いていたので、クーゼルヘルの動きは少し遅かった。 「クーちゃん!」 宮殿の出口には、見間違えるわけもない。姉が立っていた。 「あ、姉さん…」 クーゼルヘルは、一瞬戸惑ったものの 「また来たよ、姉さん」 以前来たときとは違う。今度会うときはきっと笑顔で、と思っていた。 できれば帝竜を片付けてからが理想だったが、仕方がない。 「そちらは、お友達?」 カルティナとヴェネミトラを見て、姉が言う。 「そうです」 淀みなく答えた。なるほど、友達か。思ったこともなかった。 だが、考えてみればそうだ。仲間は戦友なのだから。 それが一般的な友達として取れるかは微妙ではあるのだが、確かに友だ。 (ただ、クーゼルヘルたちに関して言うなら一般的な「友」の概念に近い仲間付き合いではある) 「姉さん、私たちは行かなきゃ駄目」 友を意識してしまうとなんだか恥ずかしくなった。 早急に会話を切り上げることにする。 「やることが終わったら家に寄るわ」 背を向け、そう言った。 途端に姉は破顔して、 「うん、クーちゃん。待ってるね」 行儀よくそんな事を言うのだ。 「良いお姉さまですね」 桟橋の上で、カルティナが言った。 「あー、まあね」 身内が褒められるのは恥ずかしい。 「クーゼルヘル、顔朱い」 ミトラに指摘されて、更に顔が朱くなるクーゼルヘルだった。 ***** 海の上のフロワロは、船で壊すことができる。 「これ全部ドレッドノートとやらが撒いてるんじゃないかしらね」 船室。作戦会議。今の呟きはクーゼルヘルだ。 窓から見えるのは、ほとんどがフロワロに覆われた海。 壊しても壊しても、いつの間にか復活している。 原因を帝竜に求めるのももっともだ。 「で、ドレッドノートはどこにいるんだ?」 船長が聞いた。彼も元々ハントマンだったため、洞察力は鋭い。 「神の塔にいるんじゃないの?」 クーゼルヘルは聞き返した。 「いや、おそらく塔の内部にはいないよ」 オークザインが言う。 「どういうこと?」 問いには、ミトラが答えた。 「艦帝竜ドレッドノートは、船のように海上を進むと考えられる」 「古代文明には『戦艦』というものがあるんだけど、特徴が帝竜とそっくりなんだ」 戦艦は移動する城塞だ。オークザインの認識はそんなものだった。 「飛空挺、あれのもっとごついやつかな。飛空挺は重いと飛べないからね」 「古代、飛空挺は空母や戦艦に収納されていたという」 …なんだか難しい言葉が多いので、流すことにした。 「じゃあ神の塔はどういう理屈で占拠されてるわけ?」 だからとりあえず、疑問をぶつけた。 「理由はいくつか考えられるけど、一番大きな理由はきっと」 「結界を自分のものにしたんじゃないかしら」 カルティナが言う。オークザインは頷いた。 「必要性だと思う。ドレッドノートには『マレアイアの結界』をどうにかしたかったんだ」 「壊したのか、それとも、自分のものにしたのかのどちらかよね、きっと」 クーゼルヘルにはこの考えは衝撃だった。 結界はてっきり壊されたものだと思っていた。それが、 「自分のものにした?」 今度頷いたのはカルティナだ。 「ええ、魔除けの結界を盗めばこれほど有効なものはないもの」 そこに船長が口を出す。 「確かにそうだが、そんなことできるのか?」 クーゼルヘルは拳をキュッと握って、 「何をするかわからないからドラゴンなんじゃない…」 と呟いた。 とにかく、神の塔に行ってみないとわからない。結論はそうなった。 マレアイアとしてはアマゾネス部隊を派遣していたずらに兵の犠牲をだすつもりはないらしい。 見張りと称した少数の兵が塔の入り口を張っているだけだという。 「アイゼンもこんな感じだったわね」 唯一のデッドブラック戦経験者のクーゼルヘルが言う。 「そうなのか。ネバンの兵は勇敢に戦っていたぞ」 それはルシェだからだ、とは流石に言えない。それに… 「目の前にある恐怖から守るということは、そういう事だよ」 オークザインが言う。 「カザン奪還の時はみんなが必死に取り戻そうとしていたしね」 そうなのだ。カザン奪還の時は人種など関係なく皆が戦った。 カザンを取り戻す。その意志を皆が掲げて。 今は世界協定──ドラゴン殲滅──がその意志だ。 ただ、マレアイアは男性を固辞する国である為、メナスもエメルも協定を目指そうとしなかった。 協定は調和だ。独自ルールを持つ者ほど共に在るのは難しい。 「まあいいさ。俺らも協力するからドラゴンの一匹や二匹くらい倒してみせてくれ」 船長が豪快に笑った。 ***** 神の塔。マレアイアの守り神の住む地。詩の鳴る場所。 様々な呼ばれ方をするこの塔も、今はフロワロに沈んでいた。 「これはまたすごいわね」 フロワロに沈んだ土地を色々見てきたクーゼルヘルでさえ驚く。 なにせ、窓からフロワロ。壁面もフロワロ。 塔の外壁の半分はフロワロだ。まさにフロワロの塔と呼ぶに相応しい。 「三本あるけど、どうすればいいのかしら?」 そして、塔は三本立っている。圧巻を更に圧巻にしていた。 カルティナの問いに、クーゼルヘルが答える。 「横の二本は真ん中の本塔を支えるものだから真ん中でしょ」 「古代、傾いた本塔を支えるために支塔が建てられたと記録にある」 ミトラが補足した。 「ああ、あなた方が英雄ギルドの皆様ですね!」 そんな会話の中、ようやくと言うべきか、マレアイア兵がやってきた。 「状況はどうなの?」 クーゼルヘルが聞く。オークザインは今回、あまり表には出ない手はずだ。 久しぶりの旅ということもあるが、一番の理由は簡単だ。 マレアイア兵の様子を見ても、それは明らか。 「あー、気にしないで。ただの仲間だから」 チラチラとオークザインを気にする兵に、そう注釈する。 一番の理由は、オークザインが男だということ。そこに尽きる。 マレアイアの女性は隔たった男性観を持つ者が多いのだ。 「あ、はい。ドレッドノートはこの塔を中心に周回していると思われます」 「思われます?」 聞き捨てならない台詞だ。 「はい。最近はドレッドノートの姿を見ることがほとんどないのです」 「どういうことかしら?」 「わかりません。それでも砲撃は止まないのですから、何が何だか…」 「どう思う?」 とりあえず本塔に入った。その直後の会話だ。 「結界を利用してるんじゃないかな」 オークザインが答えた。 「マレアイアの結界は邪なものから島を守るためにある」 ヴェネミトラ。 「だから、姿が消えるということは考えにくい」 「でも、それは人側の理屈じゃない?」 カルティナが言う。 「みんな言ってるわよね、『ドラゴンは未知の怪物だ』って」 「ならばこそ、何を仕掛けてくるか分からないってこと?」 そうね、とクーゼルヘルの言葉に頷くカルティナ。 「そう言ってる間にお出ましだ!」 先頭に立つオークザインが叫ぶ。 来た! ドラゴンだ! 「オークザイン、無理はしないでくださいね」 カルティナが先頭に立ち、刀を構える。 「腕がなくならない程度に無理をさせて貰うよ」 その新しく移植された腕を動かしながら、オークザインは言った。 オークザインは、移植という形で再び右腕を手に入れた。 プロレマによる義肢だ。神経信号を読んで動くらしく、握るくらいの操作は可能らしい。 故に、剣を持つことができる。盾は従来通り左腕だ。 若干耐性に問題があるらしいが、それは仕方がない。 壊れることを気にして戦えるわけでもないのだ。 「はあっ!」 カルティナがドラゴンに肉薄する。そのまま刀を振り抜いた。 ドリスの剣から作られた刀は、深く鱗ごと切り裂いた。 「マナバレット」 その後ろからヴェネミトラの放つ弾丸がドラゴンを打ち据える。 クーゼルヘルの鞭がしなり、ドラゴンの足を取った。 「てやぁっ!」 カルティナが気合い一閃、ドラゴンの首を落とした。鮮やかに。 オークザインの出る幕がない。 「まあ、復帰戦にしてはこんなもんじゃない?」 クーゼルヘルがからかうように言った。 その光景をヴェネミトラは見ていなかった。 彼女が見ていたのはドラゴンそのものだ。 ヴェネミトラは、プロレマの学徒でありネバン最大の魔術師家系の出である彼女は、思う。 ドラゴンとは何か。本当に未知の驚異なのか。 (これは、ティラノサウルスだ) この姿は、見たことがある。それは書物に記されていた。 それもプロレマに貯蔵されている古代文明の書物に、だ。 ならば、ドラゴンは── (証拠もないし、まだわからない) 己の考えを押し込めた。 本当に恐ろしいのは、ドラゴンの驚異ではなく、この隠された真実かもしれなかった。 ***** 本塔を登っていくと、行き止まりになった。 「扉、開かないわね」 カルティナが言う。その扉には鍵など付いていなかった。 「どうやって開けるのかしら」 「神の塔の仕掛け…確かロナムを鳴らせば…」 クーゼルヘルは、考えた。 マレアイアには、塔にまつわる昔話が多い。 捕らわれの姫を助け出すだの、塔に住む魔女を倒すだの、様々だ。 それは、象徴たる塔が存在しているからだとの意見が多いが、真実はわからない。 一つわかるのは、マレアイアは塔を大事にしてきたということ。 もう一つは、塔の仕掛けは必ず詩によって作動すること。 魔女の話などは、詩によって魔女が倒されるのだ。それほど重要視されていると言っていい。 「ロナムを作動させれば、あるいは」 しかし、ロナムを作動させる術がわからない。 「…左右の塔から共振させる仕掛けだと思う」 ミトラが言った。確かに、左右の塔から音を吸収するような造りになっている。 「なるほど、じゃあ左右を鳴らべきだね」 オークザインが頷く。即断できるのが彼のリーダーとしての良い部分だ。 「効率よくするために、二手に別れるべきだろうか」 そして、周りの意見を参考にするのも良いところだ。 「作動方法は大丈夫なのかしら」 クーゼルヘルをちらりと見るカルティナ。 「あたしの詩で起動するなら、別れても意味がないんじゃない?」 「同時に作動させなければならない可能性もある」 クーゼルヘルとヴェネミトラで意見が割れた。 「それなら、一旦片方を皆で登って現物を見てから再度考えよう」 意見を正しく処理できる能力、それも大事だろう。 結果として、ロナムを作動できるのは歌姫の詩だけだった。 「これは戦歌じゃない詩だな」 クーゼルヘルの奏でる詩がロナムを鳴らす。 そのハーモニーを聞きながら、ヴェネミトラが呟いた。 「ええ、英雄譚ですね。塔に閉じこめられた姫を助ける勇者の物語」 ちなみに、勇者は女性だ。流石はマレアイア。 ふう、という息と共にクーゼルヘルの詩が終わる。 ロナムは鳴り続けていた。 まず一つ。 「反対側も行こう」 オークザインの言葉に、皆が頷いた。 反対側。同様にロナムは作動した。 「詩が違うな」 ミトラが感想を言う。 「ええ、途中の石版にメッセージがあったから」 その単語に見合う詩は今の詩しかないということだった。 「まあ、気にしすぎな部分はあると思うわ」 ただ、なんとなく、謡わなければならないと思ったのだ。 「その精神こそ、歌姫の証ではないか?」 ミトラの何気ない言葉に、 「そうね」 なんとなく、自分が歌姫をしている意味が掴めた気がした。 ロナムは音を奏でる。 詩の鳴る地、ロナムの鳴る地。それがこの神の塔。 そして、二つのロナムは互いに音を奏で、扉を開いた。 「開いてる」 オークザインが押すと、扉はきぃと動いた。 あれほど固かった扉が、力すら必要なく開いたのだ。 「…これは?」 扉の奥から、何かが聞こえる。 「ロナムだわ」 カルティナの耳が、その音を正確に捕らえていた。 「この音は魔術式が入っている」 ヴェネミトラも同様だ。ルシェの耳は人より良い。 「これはいよいよ予測が当たったかもね」 歌姫としての修練の中で、クーゼルヘルも耳は鍛えられている。 そして、聞こえてくる、その不協和音。 「どういうこと?」 「つまりは、ドレッドノートが神の塔を目的とした理由よ」 「ロナムの占拠と」 オークザインが唾を飲んだ。 「…その利用」 皆が神妙な顔になった中、クーゼルヘルが努めて明るく言う。 「こっちは本職の歌い手がいるんだからどうにだってしてやるわよ」 「そうね、結局行くしかないもの」 「では、行こう。警戒を怠らないように」 盾を構えるオークザインを先頭に、扉をくぐった。 ***** 階段を上り、たどり着いた先にそのロナムは存在した。 「大きい」 素直な感想は勿論ヴェネミトラだ。 「これが結界の元なんだろうか」 オークザインがロナムに触れようとした。 「あ…駄目っ!」 クーゼルヘルの言葉も遅く、ロナムに触れたオークザインだが、 「っ痛!」 一瞬で手が引かれる。 「なんだこれは」 オークザインは右手を見つめる。特に何ともない。 当たり前だ。その手は創られた手なのだから。 「どうしたの?」 カルティナが寄り添い、聞く。 「なんだか電撃が走ったみたいだ」 握る。開く。握る。大丈夫、義手に異常はない。 「ロナムが侵されているんだわ」 クーゼルヘルが言った。 「ロナムはマレアイアの生命線、結界そのもの」 ミトラが口を挟む。 「その結界が今守っているものは人ではなく…」 「ドラゴンね」 こくん。ミトラの答えに、クーゼルヘルは息を吐いた。 「わかったわ。あたしが取り戻してみせる」 「それは可能なのか?」 「やってみないとわからないわ」 そう、やってみなければわからない。 ロナムは詩に反応する。自分の詩にも、きっと。 そして、クーゼルヘルは謡った。 それは英雄の物語。 未知の生物が飛来したその地で、槍を振るう勇者がいた。 彼は勇猛だったが、敵は途方もない数だった。 多勢に無勢。だが、仲間が次々と倒れても槍を振るい続けた。 しかし、遂に彼は追いつめられた。 彼は切り裂かれ、意識も薄れかけたその時。 声が聞こえた。 なんと言っていたかはわからない。 しかし、彼は目覚めた。 彼は、その迫り来る生物を吸収し、立ち上がった。 吸収し手に入れた力を持って、敵を打ち破った。 その後、彼は全ての敵を一掃し、眠りにつく。 自らに備わった破壊の力と共に。 その、迫り来た驚異を、人はドラゴンと呼んだ── ロナムが鳴った。 「これは、ドラゴンの由来となった物語だな」 ヴェネミトラが言うと、クーゼルヘルは頷いた。 「ええ、そうね」 「エメル学長は知識が深い。きっとこの物語にこじつけたんだろう」 「ははは、彼女らしいね」 しばらく世話になっていたオークザインが言う。 「そして、このロナムは」 見上げると、美しく鳴るロナム。 「その物語がお気に召したようだね」 皆がその言葉に笑いあったその時、 ドゴォッ! 塔が揺れた。 「何!?」 何かの砲撃。 …砲撃! 彼らは急ぎ階段を上がった。頂上に出た。 「あれだ!」 オークザインの指さす先。 「あれが、ドレッドノート!」 巨大なドラゴン、いや、ドラゴンの集合体が、そこに在った。 「来ます」 カルティナが前に出て構える。 同時に、ドレッドノートの砲身から何かが飛び出した。 来た! ドラゴンだ! しかし、その弾丸のドラゴンをカルティナがあっさり両断する。 いや、ただ構えた刀に突撃してきただけか。 「どうやって戦うのよ!」 クーゼルヘルは毒づき、それでも戦歌を歌い始めるあたり、どうにかして戦うつもりだ。 更に、ドレッドノートは弾を撃つ。 オークザインが盾で弾いた。 クーゼルヘルが戦歌を歌いながらも鞭で迎撃した。 「跳びます」 そのドラゴンたちは息絶えたわけではないため、起きあがってくる。 そんな中、カルティナが言った。 「ちょっと、まさか…」 クーゼルヘルが止めにかかる。が。 聞くより先にカルティナは跳んでいた。 ドレッドノートは弾を撃ち続ける。断続的に。 そしてカルティナはその弾に足を着けた。 とん、とん、とん 弾と弾の間、適度な渡り空間を、カルティナが駆ける。 砲撃が止んだ。 ──直感。 「カルティナ避けろ!」 オークザインの声が届いたのかどうか。 カルティナは一瞬動きがぶれ。 そして、ドレッドノートは白の光線を発した。 「カルティナ!」 オークザインが、クーゼルヘルが塔の縁へ駆け寄り辺りを探す。 見た感じでは、直撃だ。 「あ、あれ!」 クーゼルヘルが指す先に空から落ちる小さな姿。 カルティナだ。 「ミトラ、どうにかならない?」 このままでは地面と直撃だ。魔術に頼るしかない。 ミトラは頷き、印を切った。 カルティナの体が薄れ、消える。 一瞬の間に、彼女の体は地面、塔の入り口に移動していた。 「イクスポート。イレギュラーだが成功したようだ」 星の道を用いた移動魔術だ。彼女は星の魔術をも扱えるらしい。 「よし。ミトラ、君とクーゼルヘルもカルティナの元に降りてくれ」 オークザインが言った。 「私はここで砲撃の囮になる。その内に奴を」 これにはクーゼルヘルが怒った。 「私もここに残るわ。いくらオークザインでもサポートが必要でしょ」 でもの部分を強調して、クーゼルヘルが言う。 「何でも一人でやればいいってもんじゃないのよ」 「だが…」 「あのね、倒すなら火力が必要でしょ。あたしより二人の方が適任よ」 「…わかった。ミトラ、頼めるかい」 オークザインが折れた。 「ん」 ミトラは既に切りつつあった印を完成させ、そして塔の入り口へと移動した。 「さて、持久戦ね」 「耐えてみせるさ」 「流石騎士様。よろしく頼むわよ」 クーゼルヘルとオークザインは笑い合った。こんな戦場の真ん中で。 ***** ゆさゆさ。 「カルティナ」 ゆさゆさ。起きない。 「カルティナ。オークザインからの言伝だ」 起きた。 「あれ?」 きょろきょろ。 「大丈夫だ。転送した」 なるほど。 「オークザインから言伝だ。あの竜を倒してくれ、と」 視線の先。巨大なドラゴン。 「海の上じゃない。どうするの?」 聞いた。 「決まってる。船だ」 船員は既に戦闘状態にあった。 ドレッドノートの出現と共に、ドラゴンが現れたという。 「ロナムに連動していたのは帝竜だけじゃないのかしら」 「おそらくそうだ」 カルティナが刀を抜き参戦する中で、ミトラが印を切り、詠唱する。 「行くぞ。気をつけろ」 ミトラがクイッと手を動かすと、無数の光球が現れた。 「ヘブンズプレス」 魔術を完成させる。 バチバチバチッ 光の球が弾け降り注いだ。 ドラゴンたちはその力にはね飛ばされる。 「おお、助かったぜ」 船長が長刀を振り回し礼を言う。 「船を出せますか?」 カルティナが船長に聞いた。彼はニヤリと笑い、 「おうよ、あのドラゴンにくらいちゃんと着けてやるよ」 号令をかけた。 船が動き出した。 「よし、頼むぞ…」 オークザインはそう言い、目の前のドラゴンを斬り落とした。 「次、あいつ!」 クーゼルヘルが指さす。オークザインはそのドラゴンに向かう。 迫り来る牙を盾や剣で弾き、斬りつける。 時々、弾ききれずに噛みつかれるが、クーゼルヘルの戦歌の効果でダメージは薄い。 また、自身の体術も役に立っているだろう。 もう一匹、続けてドラゴンに剣劇を加えながら、オークザインは海を見る。 「次!」 クーゼルヘルの指示に従いながら、目は海上の船とドレッドノートへ向いている。 「あのねえ」 指示を出しながらクーゼルヘルが言った。 「カルティナもミトラも帝竜と戦ったことがあるのよ。心配するなら自分の体でしょ」 「いや、そうではなく」 先ほどの、あの光の帯。あれはかなり強大な力を持っているはずだ。 外れたからよかったものの、直撃したら大きな船でも危ないだろう。 「だから速攻してるんでしょ」 言いたいことがわかったのか、クーゼルヘルはぶっきらぼうに、 「みんな自分のできる精一杯をやってるわよ。文句あるの?」 そして真剣に、言った。 ***** 取り付いた。 「よし、行けえぇ!」 船長が鉤爪ロープを引っかけた、その細い足場をカルティナが駆ける。 ヴェネミトラは船上から魔術を放つ。 「砲身を」 カルティナはミトラの言葉を思い出し、真っ先に砲身へ向かう。 しかし、道を塞がれた。ドラゴンに、だ。 「あのドラゴンはどこから出たんだ?」 船長が聞く。 「わからない」 ミトラはまた印を切る。 「マナバレット」 カルティナの前に迫っていたドラゴンは、その弾丸で吹き飛んだ。 「はあ、はあ、はあ…」 魔術の連打でマナを急速に失っているため、息が荒い。 「ほれ、飲め」 船長は瓶詰めの水を差しだした。 「マナが詰まっている。足しにはなるだろ」 「助かる」 ミトラがマナを補給する間も、ドレッドノートは次々とドラゴンを吐く。 カルティナがその大本、砲身にたどり着いた。 「せやあっ!」 一閃。カルティナの刀がその筒状のものを斬り裂いた。 砲身の一つが崩れる。 「よし!」 塔の上のオークザインは、思わず叫んだ。 クーゼルヘルもしてやったり顔だ。 「この調子で砲身さえ潰せば…」 いつの間にか足の踏み場はドラゴンの血と死骸で埋まっている。 そんな中をいまだに戦い続けていた。 「何かがおかしいわ」 指示を出す手は止めずに、クーゼルヘルが言った。 「空が変よ」 空が虹色に光りつつあった。 船長も気づいていた。 「こりゃあやべえ。嵐が来る」 船員に指示。 「嵐が来るぞ!」 ミトラはその指示を聞いた船員の一人に抱えられた。 「我慢してくれよ」 そして体を船に固定される。 「来た!」 虹色の空が唸った。 「マナの嵐だ」 ミトラの声など届かない轟音が響く。 嵐は、船、ドラゴン、全てを飲み込んだ。 嵐の後。 「今度は例の白いのが来るぞ!」 船長以下、乗組員は必死で船を立て直していた。 流石はプロレマの技術。船は無事だ。 ドレッドノートは白光を集め始めている。 前の発射の時も見ていたが、どうやら溜めが必要らしい。 「砲身を潰す」 ミトラが回復したマナを総動員して、増幅した魔力の弾丸を放つ。 狙い違わず砲身に当たる。崩れた。 しかし、溜めが止まらない。 「おい、これってもしかして…」 口を開いた。勿論、ドレッドノートがだ。 「喋らなかったのはこの為か!」 口は塔へ向き、 「クーゼルヘル」 「わかってるわよ!」 オークザインとクーゼルヘルは塔内部に駆け込んだ。 階段を下ろうとしたその時、光が満ちた。 ***** カルティナは何もできなかった。 ドレッドノート本体に立っていたが、それだけだ。 この竜から放たれた白光が辺りを焦がし── 塔は跡形もなく 「あ…」 消え去ってはいなかった。 ロナムが鳴っていた。 「そうね、きっとそう」 クーゼルヘルは納得した。 自分の詩がロナムを鳴らし、結界を生じさせたのだと。 「おっしゃあ!」 船長は歓喜し喚起する。 「やっちまえ!」 砲身の潰れたドレッドノートは敵ではない。 確かにドラゴンを文字通り吐くし、あの白光も驚異だ。 だが、口にさえ注意すれば問題はなかった。 そして、ドレッドノートはどんどん小さくなり。 普通のドラゴンとして、最期を迎えた。 「これってどういうこと?」 死骸を指さすのはクーゼルヘルだ。 「恐らく、ドレッドノートとはドラゴンの集合体だったのだろう」 艦帝竜と呼ばれたドラゴンは、最初の大きさの一割くらいに縮んでいた。 「確かに、生み出す度に小さくなっていたわ」 カルティナはその最期まで刀を振るい続けた。竜の背に乗って。 つまりは、そういうことだ。 集合体から生み出たその竜は、ドレッドノートの一部を削って生まれた竜だった。 「分身、というより子なんだろうか」 「なんだかねえ。人間の子の作り方とは根本的に違うよな」 後味の悪いまま、船にその死骸を括り付け、マレアイアに帰還した。 歓喜の渦、というやつを味わうのは三度目。 一度目はカザン。二度目はネバンプレス。 そして、三度目がこのマレアイアだ。 カザンではあれよあれよと言う間に始まり終わった。 ネバンでは取り逃がしたという残念さに歯噛みした。 三度目は、自分の故郷を救えたという安堵感が先に立った。 英雄を祭る催しがあったのが昼間。 彼女、クーゼルヘルは珍しく終始笑顔だった。 「クーゼルヘル」 夜になり人が捌けると、ヴェネミトラがやってきた。 今日はセティスの要望で王宮に泊まっている。 セティスとの謁見にはもちろん、オークザインもいた。 彼はマレアイアに正式に迎えられた最初の男となった。 だが、彼は居心地が悪いのか泊まりはない。 「どうしたの?」 最近のミトラは積極性が増しているようにクーゼルヘルは思う。 その証拠に、会話が多くなった。 「故郷を救う気分はどうだ?」 いつものように無表情で聞いてくる。 そうか、ミトラは故郷のネバンを完全に救った訳ではないのだ。 西大陸にはトライドたちが向かった。 あっちにはネバン兵、特にバントロワとジェッケがいる。 それにマレアイアには女性しか入れないため、ミトラにはこちらに来て貰った。 しかし、それが彼女の無念さになっているのなら、 「ねえミトラ」 クーゼルヘルは話す。優しく。 「トライドたちを信じてる?」 ミトラは少し考え、言った。 「信じるということがどういうものかいまいち掴みきれないが、仲間だと思っている」 「『プロレマから派遣された者として』?」 「…個人的に、だ」 クーゼルヘルは笑顔で、 「だったら、仲間が故郷を救ってくれるのよ。これほど良い事はないわ」 「クーゼルヘルは自分で故郷を救っているのではないか?」 「あたしは一度ここに来て、でも一人じゃ駄目だとわかったわ」 それはつい最近にも思えるし、ずいぶん前にも思える。 「ミトラやみんなの力がなければ、あたしは故郷を救えもしなかったわ」 それが仲間というものだ。 「だから、ね。一人で救うものじゃないのよ、なんでも」 「…そうか」 ミトラは頷いた。納得したのだと思う。 「トライドたちに任せましょ。それに、フレイムイーターとはいつかまた戦うことになるわ」 奴は逃がしただけなのだから。 「そうだな」 マレアイアはいまだ浮ついていた。昼間の余韻だ。 だが、二人の間には、いや二人の目先は、既に遠くを見ているようだった。 ***** 姉との別れは今生のつもりだった。 が、結局のところ数日、マレアイアに滞在してしまった。 それもセティスが 「家の方にも顔をお出しなさい」 と言ったからで、帰ったら帰ったで姉は甘やかしてくるし、 英雄に頼みごととかで色んな頼みを聞かされたり、 オークザインはずっと船で生活していたりと色々あった。 そして、別れの時。 「クーちゃん」 「姉さん、大丈夫ですか?」 港にはセティス、シャンドラ、そしてクーゼルヘルとその姉。 他の皆は既に船の中だ。 「大丈夫。ちゃんとクーちゃんの帰りを待ってるから」 そうじゃないんだけどなあ、と思うが言わない。 「またお出でなさいな。次変えるときには女王の座を譲ろうかしら?」 シャンドラが驚いた顔をするが、 「冗談よ」 の一言に今度は怒った。 クーゼルヘルはそんな様子を見て、言う。 「次はアリアが適任でしょう」 「ええ、そうね。彼女、ありがとね」 「いえ。立派な召し物も貰いましたし、お礼を言うのは私です」 クーゼルヘルは帝竜に怯える彼女を勇気づけていた。 いや、今まさにクーゼルヘルの行動は、マレアイア全ての人を勇気づけた。 その礼として、新しい鞭を与えられていた。 「じゃあ、行きます」 その鞭を手に、クーゼルヘルは三人に背を向ける。 「きっと、また来ます」 言葉を残して、彼女は故郷を去った。 「とりあえず、どうする?」 船長が四人に聞いた。 船の乗組員は数名死傷していたが、運行はできるようだった。 「プロレマによると、トライドたちは帝竜を見つけたらしい」 「じゃあ今から行っても間に合わないか」 ミトラの報告に、クーゼルヘルががっかりする。 先日の一件を思い出したからだ。 「ミトラ、他に情報は?」 「ん。飛空挺がそろそろ運用可能になるそうだ」 補修部品を調達できたらしい。 「なら、プロレマに戻りましょう」 オークザインは言った。 「飛空挺が動くならインビジブルを叩くことができる」 「わかった。行くぜ!」 こうして、彼らはプロレマへと戻っていった。