○第四章 帝竜討伐 ・その四 輝きの満ちる場所 トライドたちは、森にいた。 バ=ホを放り出したのではない。それは一人の男の依頼に寄るところだ。 「ミレクーラ大森林に住み着いた化け物を退治して欲しい」 フードを深く被った男は、それだけを言い残していつの間にか消えた。 どうも気になったのはフィルだ。 彼の予感を信じ、トライド、エステリア、フィル、それにクロムはバ=ホを出た。 そして、ミレクーラ大森林にいるのだった。 しかも、その魔物の目の前に。 「俺とフィルが前だ。エステリアはトライドを」 クロムが斧を構え、突進する。 「トライドはベノムを頼む」 「はい」 ジ・アース戦で所持する槌を失ったトライドは、現状魔術使いの杖を携えている。 槌のような打撃には向かないが、持ち主のマナを活性化させてくれるものだ。 だから、トライドは魔術方面を多用していた。 ベノムは、活性能力をリカヴァとは逆ベクトルに向けるものだ。 いわゆる、毒に値する。 「でやあぁっ!」 そのベノムの魔術を完成させる間、フィルとクロムが左右からその魔物を挟み撃ちにする。 「ごおっ」 しかし、魔物は機敏な動きで二人の刃を受け止め、更に弾いた。 「なんて力だよ!」 クロムが舌打ち。 「おいフィル。お前弓ないのか?」 「ない」 「しかたねーなあ、もう」 クロムの斧と弓は相性が良い。それはフィルも知っていた。 ただ、なぜか弓を使う気になれないのだ。なぜだかはわからないのだが。 「皆さん、行きます!」 そうこうしている間に、トライドが印を切り終わる。 杖で指した、その先。 「ぬぐおおぉぉ!」 効いた。 「よし、畳みかけるぞ」 「ああ」 フィルとクロムが先ほどと同じように左右から攻撃する。 動きが鈍い。斧と短剣はそれぞれ傷を与えていた。 「兄様」 「ああ、増幅する」 エステリアに促されるまでもなく、トライドは毒の増幅を仕掛けていた。 更に苦しむ魔物。無茶苦茶に暴れ回る。 その動きに時々傷を負いながらも確実に傷をつける斧と短剣。 そして、魔物の動きが、止まった。 「やったか?」 クロムが慎重に魔物へ寄る。 「息はないぞ」 手を挙げた、その時。 殺気。 「ぐおおおおぉぉぉ!」 動きを止めた、死んだはずの魔物が動いた。 近くのクロムを吹き飛ばし、一直線に──トライドへ。 「兄様!」 エステリアが役割通り魔物とトライドの前に立つ。 構えから、縦に斬り落とした。 が、魔物はその体をおおよそ半分に分けられながらも、なお動いた。 驚愕するエステリアだが、流石に戦い慣れていた。 更に横に刻む。が、なんと避けた。 「エステリア!」 トライドがその後を追撃した。 「おおぉぉっ」 殴りつける。杖で。折れた。 元より魔術行使用の杖は頑丈ではない。 接近戦は想定されていないのだ。 ましてや、槌を使い慣れているトライドだったら尚更折れる。 粉々に砕ける杖を呆然と見つけたトライド。それはわずかに一瞬。 そしてその間は、魔物にとって付け入る隙となる。 「nbdmhs」 もはや鳴き声かすらも判別不能な音をあげ、トライドに噛みついた。 「くっ…」 歯を噛み、その痛みに耐えるトライド。 だが、痛みは長く続かなかった。 エステリアの刃が、魔物の口を広げたのだから。 魔物の頭は綺麗に宙を舞った。 ***** 今度こそ動かなくなった魔物の死亡を確認する。 「兄様、大丈夫ですか?」 「ああ、大丈夫。助かったよ」 トライドの傷はそこまでも深くない。 最大限噛みつかれていたらわからないが、それをエステリアは見事に回避した。 それはまさに紙一重ではあったのだが。 「そうだ、クロムさん、フィルさん。大丈夫ですか?」 とりあえず傷具合を確認したトライドは、自分よりも仲間を優先した。 「大丈夫だ」 クロムは起き上がりの状態のままだったが、特に問題もない。 多少の傷はあるが、彼にとっては些細な問題だろう。 「少し、厳しいな」 答えたのはフィルだ。クロムと同じような片膝だが、意味合いが違う。 クロムは起き上がりだ。対して、フィルは明らかにバランスを崩していた。 「膝ですか?」 「ああ」 フィルの体は細かい傷だらけだったが、特に酷いのが足まわりだ。 そのせいで、膝をやられてしまったらしい。 「…癒しますけど、完全には治らないかもしれませんよ」 状態を見て、トライドは言った。それくらいの傷だった。 と言いたいところだが、怪我の蓄積も多い。 「いや、いいさ。ドラゴン殲滅さえできればそれでいい」 フィルはあえて自分を酷使しているようにも見える。 それはトライドにも言えることなのだが、根本が違った。 フィルのそれは、全てを燃やし尽くすかのような憎悪が根本だ。 見ていられるものでもない。だが、何もできずにいるのも事実。 キュアを行っている間、トライドは考えていた。 彼の憎しみはいったい何処からくるのか。 以前にも考えたことのあるその問いの、答えはやはりなかった。 フィルも回復した、その時、 「ありがとう。助かった」 何の脈絡もなく、フードの男が現れた。 「これは礼だ。こんなものしか用意できなくて申し訳ないな」 差し出したのは、弓。 「これは?」 「私が昔使っていたものだ。もう必要ないし、他に出せる報酬もないのでね」 ずい、と弓を出す男。トライドは、その弓を受け取った。 「では、失礼する。本当にありがとう」 男は踵を返しすたすたと立ち去っていく。 「あ! ちょっと!」 引き留めにも応じず、すぐにその姿が見えなくなった。 「何なんだあれは…」 クロムがやれやれと、大げさにリアクションする。 「えっと、弓、どうしましょう?」 トライドが聞く。 「さてな。俺は使わないし、トライドが持っていればいいだろう」 フィルは少しイライラしながら、それでも言った。 自分でも、そのイライラの原因がわからなかった。 「というか、だな」 トライドが弓をしまい、皆の回復を終えた後。 クロムが口を開いた。 「トライドの武器がいるだろう。杖じゃなくて、槌の」 「…そうですね」 本人も同意した。 魔術行使の杖では、この先は厳しい。きっとまた折る。 「ただ、使うなら良い物がいいだろうな」 「確かに。今度は金属製のものを使ってみるか?」 「いえ…使ってみないことには、なんとも」 「それもそうか」 話し合った結果、評判の良い武具を紹介してもらい、試してみることにした。 「ここからならバ=ホよりキャンプの方が近いな」 ということなので、帝国の張るキャンプへ向かうことになった。 ***** 帝国軍キャンプは、元はフレイムイーターと戦うために張られたものだ。 しかし、その標的の帝竜はすでにない。その竜はこの地を去った。 それでもキャンプが畳まれないのは、各地での怪我人がここに運ばれてくるからだ。 当然、情報も多い。 「それならメルライト工房へ行くべきだよ」 一人の商人が言った。行商のためにここに来ているらしい。 「西大陸随一の鍛冶屋集団さ。良い武具を作ってくれてるよ」 個人にはオーダーメイドも受け付けているらしい。 「ただ、それにはメルライト鉱石が必要なんだけど」 この一言が、一行に不安を落としたのだが。 「鉱石なんて、見つけられるのか?」 クロムがフィルに言う。 「専門外だからな。一応できるとは思うが…」 皆、鉱石に関しては実践がない。知識だけはあるのだが。 工房の近くに鉱山があることは地図で確認済みだ。 あとはちゃんと鉱石を見つけられるか、だ。 「鉱石がないと話にならないからな」 クロムが唸った、その時。 「なんだなんだ、お前たち、今度は穴を掘るのか?」 声を掛けてきたのは一人の男。 見覚えがある。いや、見間違えるはずもない。 彼は、『誓いの種』のリーダーだった男なのだから。 「よお、体はいいのか?」 「大丈夫だ。特に問題はない」 クロムと軽口を叩き合った後。 「鉱石がなぜ必要なんだ?」 トライドに聞いた。トライドは素直に経緯を答える。 「なるほど。君は肉弾戦も行う癒し手なんだな」 「あまり意識したことはないんですけど…」 「いやいや、立派なものだ」 トライドの性格を知っていれば、きっと皆納得するだろう。 そりゃあ彼は前に出てしまうな、と。 ただ、この魔術師とトライドの接点は少なかった。だから感心したのだ。 後は、その魔術師自体が肉弾戦をしないということもある。 彼には、前に出る力がないのだ。 「それで、鎚が必要なわけか。それなら私が手伝おう」 魔術師は言った。 「鉱物調査の依頼を受けたこともあるし、メルライトくらいなら大丈夫だ。見分けがつく」 かくして、魔術師を加えたトライドたちは、メルライト工房へと向かった。 ***** 輝いていた。洞窟が。紅く。 鉱山に入る前、工房に立ち寄ったトライドたちは、その事実を聞かされた。 「フロワロのおかげで開店休業さ」 鉱石が取れなければ武具を作ることができない。 故に、今は修理と外受けの仕事しかしていないという。 「鉱山をドラゴンから解放すれば、武器を作ってくれるか?」 「それはもう」 ということで、鉱山をドラゴンから救うべくやってきたのだった。 「じゃあ、行きましょ」 カルティナが言う。 「はい。よろしくお願いします」 トライドは答えた。 メルライト工房にたどり着くまでも、一つ出来事があった。 それは、飛空挺の来訪だ。 キャンプを出て少しのところで、彼らは飛空挺を見た。 修理が終了したとのことだ。 「やあ、トライド君」 飛空挺が目の前に降り、オークザインが現れる。 「迎えに来た」 ミトラが素っ気なく言う。 「てか、どこに行くつもりだったの?」 と疑問をあげてから、後ろの元『誓いの種』の二人を見つけ、挨拶をするクーゼルヘル。 ギルド崩壊の事情はプロレマで確認済みだ。 「インビジブルはどうしたんですか?」 「ダミーを撒いてある。長くは保たないだろうけどな」 答えたのは船長だ。そのまま飛空挺の船長になったらしい。 前船長はダミー作戦の総指揮を取っているらしかった。 「インビジブル…ですか」 トライドは事情を話した。 「それなら、トライド君たちはその鉱山に行くといい」 オークザインは言う。 「空の戦いだから、接近戦も難しいところだったんだよ」 そこで、ちらりとトライドの背を見て、 「じゃあフィルを借りていこうかな」 「そうだな。俺も帝竜と戦う方がいい」 フィルも賛成したので、フィルはインビジブル戦に回った。 代わりに、カルティナが参加した。 調査によれば、インビジブルは雷を扱うので剣を持つ人間は戦いづらいらしい。 …フィルが参戦したことに少し疑問を感じなくもなかったが、 オークザインのことだ。何か思案があったに違いないとトライドは考えた。 そういう訳で今、トライドたちの組は都合5人で動いている。 「侍が二人居るとは、心強いものだ」 魔術師が言う。ちなみに、彼の名はメイルゾーグといった。 「ずいぶん猪突猛進な組み合わせだと思うけどな」 クロムが言う。確かに、トリッキーな動きをするフィルやクーゼルヘルのような者がいない。 強いて言うならトライドのベノムくらいだろうか。 「ドラゴンが出たなら瞬殺だろうさ」 しかしメイルゾーグの考えとは裏腹に、ドラゴン戦は苦戦が多かった。 それもそのはず。武器が振り回せない。この理由が大きい。 「十分な広さが欲しいな」 クロムが唸った。エステリア、カルティナも同意する。 クロムは最初器用に斧を振り回していたが、いつの間にか剣に持ち替えていた。 それも突剣だ。自然、パーティは突進戦術が主になる。 突進しかすることができない、と言ってもいい。 ただ、それではエステリアやカルティナは少々戦い辛かった。 個性の強いメンバーが多いときは、陣形の組める場所が一番戦いやすいのだ。 「まあ、無駄な戦闘をせずに済むなら有り難いですよ」 トライドが言う。条件はドラゴンたちも同じだった。 通路なら、通れてせいぜい一匹。 横道さえ気をつければ、あとは個人の技量と周りのサポートが物を言う。 トライド、メイルゾーグともにさほど得意ではないがそれでも十分だった。 「ほれ、またいるぞ」 クロムが構え、突進する。 丁度少し大きく開かれている場所に、ドラゴンはいた。 走り寄る人を見つけ、吠えた。そこに間髪入れず突進するクロム。 突剣は見事足を捕らえた。叫ぶドラゴン。 前足を振り回す。どうも二足歩行するドラゴンらしい。 そこにエステリアが続く。 跳ねた。狙いは、首。 「やあっ!」 ドラゴンは前足で彼女を払う。が、それは囮。 後ろからカルティナ。エステリアと同じ軌道で跳んだ。 抜き去った刀は見事にドラゴンの首を斬り落としていた。 「…出番がないな」 メイルゾーグが呟く。見事な連携だった。 「これくらいの広さなら戦いやすいんだけどな」 クロムがぼやく。 「でも、この数はどうかしら?」 カルティナの言う先には、何匹ものドラゴンが迫り来る図があった。 ***** 斬る。突く。弾ける。苦しむ。凪ぐ。痺れる。 ありとあらゆる攻撃が飛び交った。 その小さな空間は、広間と呼ぶには狭い。 そんなところにドラゴンが密集していた。 「きりがないぞ!」 メイルゾーグが電撃を放ちながら叫ぶ。 「いえ、そろそろ終わりです!」 トライドが律儀に答える。 恐らくは叫ばずにいられなかっただけのメイルゾーグは面食らった。 「どうしてわかる?」 「勢いです」 彼の言う通り、最初の攻勢のような勢いはなくなっている。 カルティナとエステリアの斬り込みに、ドラゴンは抗し切れていない。 クロムの突進も然りだ。 「なるほど。あともう少しか」 「はい」 言いながら、トライドはマナを作り出す。 直線的な彼らの戦い方も、爆発力を生むためにはマナが必要だ。 クーゼルヘルがいないため、マナを作成できるのはトライドしかいない。 マナが枯渇するのは避けたいので、トライドがほぼ専従的にマナを生み出し続けていた。 また一匹、ドラゴンが電撃によって倒れたとき、大きな鳴き声が響いた。 「おいおい。あれ、どうするんだよ」 クロムが軽く言う。ただし、状況はそれほど優しいものではない。 一匹のドラゴン。それ自体も確かに脅威ではある。 しかし、それ以上に怖いのが── ドラゴンが、人をくわえているその光景だった。 「生きているか?」 一応、確認にメイルゾーグがトライドに問う。 「息はあります。たぶん気を失っているだけです」 トライドが答えた。 「問題は、どうやって助けるかというところね」 カルティナの声。いつの間にか、皆が集っていた。 エステリアとカルティナが左右に立ち、クロムが真ん中。 トライドとメイルゾーグが後列、といった形になる。 油断なく突剣を構えながら、クロムが疑問を口にした。 「しかし、どうして無事なんだ?」 ドラゴンの顎はかなりの強さに見える。人間の胴体などすぐに噛み砕けるだろう。 「おそらく、鎧だな」 メイルゾーグ。 「そうですね。牙が鎧を貫通できていないと思います」 エステリアも同意見だった。 「それはけったいな鎧だな」 皮肉か、それとも賛辞か。クロムの言動はなぜかフィルに似ていた。 「それでもいいさ。無事なら助けるだけ!」 そのクロムが動いた。高速でドラゴンに近づく。 併走するエステリアとカルティナ。流石に速い。 一瞬、クロムの体が止まった。 その位置をドラゴンの頭が通り過ぎる。 「ちょ…頭を振り回すなよ」 力を失っている体がぷらぷら揺れていた。今にも千切れそうだ。 「これは一瞬で決めないと駄目ね」 カルティナが疾走の構えを取る。 居合いの構え。右足がじりっと地面を踏みしめ、そして。 駆けだした。合図は、メイルゾーグの電撃。 「キュオオオォォォ!」 ドラゴンが感電に叫びをあげる。一瞬、動きが止まった。 その首。 跳ねる。 一閃。 着地。 流れるような動きの後、カルティナは抜いた刀を鞘に収めた。 本能。 ドラゴンは──首を切断されたドラゴンは、無意識に顎を噛みしめた。 それは普段の数倍の力だ。 いくら今まで耐えていた鎧でも、この力には抗しがたい。 が、上下の顎が合わさることはなかった。 それもそのはず。エステリアがカルティナに続いていたのだ。 彼女の刀は、ドラゴンの突き出た口を見事に切り落としていたのだ。 ***** どさり、と音が響く。 ドラゴンが倒れた音であり、人が地面に落ちた音でもある。 「っ痛…」 人は声を上げた。意識が戻ったらしい。 「大丈夫か?」 クロムが抱き起こす。 「ああ、なんとか」 男が答える。そう、その人物は男だった。それも、ルシェの。 いや、ルシェであることはむしろ当たり前だ。 ここは西大陸。ルシェの大陸なのだから。 「君は、鍛冶屋か?」 メイルゾーグが聞いた。どうやら彼はその男の素性にも見当があるらしい。 「そうだよ」 ルシェが答えた。 「ドラゴンのせいで俺たちは商売あがったりなんだ」 「それで退治に来て、返り討ちにあった訳だな」 クロムの容赦ないツッコミ。 「ああ、そうだ。結果として助かったよ」 「いや、助けたのはどちらかと言えばその鎧だろう」 傷はあるものの、破れのない鎧を指すメイルゾーグ。 「そうですね。これほどの鎧はなかなか見ません」 言ったのはエステリアだ。感心したのか感動したのか。 ただ、彼女たち刀の使い手はあまり重い鎧は着けないのだが。 「これは同僚が鍛えたものだな」 彼は武器を得意としていたらしく、その同僚に鎧を借りたという。 「奴は唯一のルシェじゃない職人見習いさ。珍しい奴だよ」 トライドはその職人見習いに興味を持った。 それはメイルゾーグも同じようだ。 「これでまだ見習いなのか。なかなか将来有望だな」 メイルゾーグは技、というものにこだわりのある男だった。 「会っていくといい。俺が言うのもなんだが、面白いはずだよ」 「まあ、その前にやることがあるんだがな」 クロムが口を挟んだ。 「やること?」 「メルライト鉱石を手に入れる事よ」 カルティナが(おそらく)鍛冶見習いの男の疑問に答えた。 「そのためにここのフロワロを払っているんです」 トライドがそう言っている間に、光が満ちていた。 フロワロの散る光だ。 「…達成されたみたいだな」 メイルゾーグが言った。フロワロが払われる光景をみたのは初めてだった。 「さて、じゃあ鉱石を探しましょ」 カルティナが早速メイルゾーグを急かす。 「結局鉱石は探すのか?」 確か、鉱山を解放すれば武器を作ってくれるはずだが、と言い掛けて。 「とっておきの場所を教えようか?」 鉱山を知る者の申し出に、口を出すのを止めた。 「ほら、鉱石だ」 あっさりとたどり着いたそのポイントで、トライドたちは鉱石を掘り返していた。 「てか、これほとんど塊じゃないか」 純粋なメルライトは意外に発掘されやすい。 しかも、このような塊としてもよく出現する。 「とっておきと言っただろ」 細かな鉱石や、時にはメルライト以外のものも掘り起こされた。 「これだけあれば十分だろう」 十分、という以上に掘られたメルライトを抱え、彼らは鉱山の外へ出た。 帰り道は、やはりあっけない。 「やっぱりフロワロが一番厳しいな」 クロムが言った。その言葉には、皆同意だ。 フロワロは生き物の体力を奪ってしまう。 それがどんな生物であれ、だ。魔物も人も関係がない。 まあ、魔物の中にはフロワロの力を得て強く凶暴になる種もいるようだが。 ただ、そういった一部の例外を除き、やはりフロワロの咲く場所はドラゴンの独壇場だ。 「フロワロも耐久があれば武器にできるかもしれないなあ」 暢気なことを言う職人見習いだったが、それも面白いと乗ったのはメイルゾーグ。 「確かに一理はあるな。体力を吸収する剣があったとする文献もある」 「へえ、ヴァンパイアみたいな?」 「そうだ。もっとも、製造法は遺失してしまっているようだが」 「確かに、そんな技術はプロレマが放っておきませんね」 「そういうことだ。最もプロレマは武器に関してはあまり熱はないようだがね」 なあ、と目配せ。されたのはもちろん地元民だ。 「そうだな。プロレマの武具なんかも俺たちが納めてたりするぜ」 「武器ではなく、兵器を開発してるって噂は聞いたことがあるな」 メイルゾーグの情報はネバン兵からもたらされたものだという。 どうやらキャンプで治療している間にいろいろ聞いたようだ。 「エメル学長だったら確かに効率を選びそうですが…」 トライド、エステリア、カルティナはエメルと会ったことがある。 カルティナはその後プロレマに滞在もしたため、人物像も心得ていた。 曰く、 「大局を見ているんじゃないかしら。重要な駒は大事にする人よ」 あまり得意ではなかった、カルティナは、エメルが。 「上に立つ人間ってのは、それをしなきゃならないときがあるさ」 クロムが言う。彼はエメルと会ったことはない。 「まあ、俺たちは目の前の人を助けて、ドラゴンを倒すだけさ」 そうですね、とトライドが続く。いや、皆もそうだ。 「さて、じゃあまずは鎚だな」 工房はすぐ近くにあり、到着までそれほど時間はかからなかった。 ***** 「感謝する」 とガイオンは言った。この工房の責任者だ。 「武器が必要だったな。俺たちにやらせてくれ」 こうして、トライドの新たな鎚は完成した。 「エステリア」 「はい、兄様」 武器が完成してすぐ、トライドはエステリアと模擬戦をしていた。 感触の確認だ。 「エステリア」 トライドの鎚が、容赦なくエステリアの急所を狙う。 が、エステリアはそれを全て受け止め、避け、一撃も与えない。 「なんですか?」 防戦だけだったエステリアも、次第に攻撃の手を増やしてくる。 「これは僕の予想に過ぎないのだけど」 「はい」 キィィン、と一際澄んだ音が響いた。 二人の攻撃がかち合い、鍔迫り合いになった瞬間だ。 「まだ、もう少しこの旅は続きそうな気がする」 「はい」 「たぶん、まだまだ僕は未熟だから、エステリアの力を借りるかもしれない」 「はい」 押し、引き、駆け引きが行われていた。 そんな中でも、兄妹の会話は続く。 手を抜いているわけではない。それが二人にとっての自然なのだ。 「…大丈夫ですよ」 エステリアが声を発した。 「兄様は私が守ります。命に代えても」 決意の篭もった目は、思わずトライドが驚き武器を引いてしまうほどに、力を持っていた。 再び対面した兄妹は、静かに、静かに様子を見る。 「行くぞ」 「はい」 トライドが先に動いた。 まっすぐにエステリアを目指す。 エステリアは──右に跳んだ。それはトライドの感覚だ。 エステリアは左に跳び、同時に刀を突きの形に構える。 上から振り下ろそうとしていた鎚を、横薙ぎの形に持ち替えるトライド。 間合いの交錯。 鎚は、わずかに届かない。 そして刀は、わずかに届かないものの。 トライドの頭を確実に捉えられる位置にいた。 「…やっぱり純粋な戦闘じゃあ敵わないな」 「そこで力が及ばないなら、私がいる意味がありません」 エステリアは照れながら言った。褒められることは純粋に嬉しい。 武器をしまう。刀は、キンッと音を立て、鞘に収まった。 カルティナに託されてからだから、この刀とも結構長い。 「行こうか」 「はい」 兄妹は、付かず離れず、仲間の元へ戻っていった。 ひとまずは、バ=ホへ戻るべきだろう。そういうことになった。 トライド達がいない間もルシェ軍が復興作業をしているはずだ。 「兄様」 エステリアが兄を呼ぶ。 「ん?」 トライドも気づいた。 「空が、紅い──」 東の空が、紅い。それは朝焼けの朱ではなかった。 「嫌な予感がする」 「プロレマに戻った方がいいかもしれないわね」 カルティナが提案した。 「それはありだな」 メイルゾーグも賛成だ。 「わかりました。まずはネバン首都へ行って報告、そこからプロレマに向かいましょう」 トライドはそう判断した。 バ=ホで頑張っているバルフィットたちには申し訳ないが、そのほうが賢明だ。 今やプロレマは、ドラゴン攻略の司令塔なのだ。 途中、ルシェの軍隊と出会った。 「久しいな」 「はい。王自らとは、どのような用件ですか?」 場合によっては自分たちも一緒に、との意志だったが、ルシェ王はそれを拒んだ。 「なに、我々ルシェの問題だ…ん?」 カルティナがいた。彼女はルシェだ。拒む理由にはならない。 「若いな。良い目をしている」 王は言った。 「お前たちはプロレマに行くのだろう?」 「ええ。その前に首都へ寄ろうと思っていました」 「成る程。城にはジェッケが居る。よろしく言っておいてくれ」 「わかりました」 「うむ、ではな。ルシェの娘よ。汝は汝の想いを果たせ」 王は豪快に笑い、去っていった。 この別れが永遠のものになるなど、トライドには予想すらできなかった。 この後、ルシェ王が城に戻ることはなかったのだ。