○第四章 真なる竜 ・その一 千人砲 トライドたちは、呆気にとられながら東を見ていた。 何かが墜ちてきたことまでは認識した。 が、その先の展開がまったくもって意味不明だ。 墜ちてきたものはドラゴンだった。 真竜という、おそらくドラゴンを束ねるものたち。 その中の『ニアラ』が降ってきた。 言葉からすると、エデンのドラゴンはこいつの管轄だろう。 そうしている内に、北──ルシェ王が向かった先だ──から光が溢れた。 カルティナは、その光を見た瞬間に泣き崩れ、エステリアがおろおろした。 が、それは本題ではない。 光は溢れ、直線を描いて北東に向かった。 それは、ニアラが墜ちた地。 つまり、あれは兵器であるということで。 そして、カルティナが悲しみに捕らわれた訳。 トライド達は真実を目の当たりにした。 プロレマにての事だった。 「エメル様は投獄されました」 無機質な声が飛空挺に流れたのは、数時間後のこと。 ノワリー、ファロというプロレマ組が迎えに来たのだ。 「え?」 トライドは言葉を返すことができない。 まったく急な話だった。 「どうしてエメル学長が…」 「理由は後で離します。まずはプロレマへ」 促され、飛空挺に乗り込む面々。 いつも通り振る舞うクロムとメイルゾーグ。 未だに泣き顔を隠せないままでいるカルティナ。 そんな彼女を宥めるよう抱き抱えるエステリア。 そして、最後にトライド。 全員が乗り込んだ事を確認し、飛空挺は飛び立った。 プロレマに着くまで、誰も光のことには触れなかった。 何か、とてつもない事のような気がして。 ***** 「現状認識をしておきましょう」 学長室であるはずのプロレマ最上階。 トライドたちに加え、既にその場にいたオークザインらを含め、 いつの間にか総勢9人になったパーティに、プロレマの面々が対峙する。 椅子には主がおらず、その横に立つノワリーが進行をするようだ。 エメルが投獄されたのは本当らしい。 「まずはじめに。このドラゴン戦争の親玉が出てきました」 それが、ニアラと名乗った真竜。 真竜は全ての祖。エデンを創ったもの。 「現在、ニアラは活動を停止しています」 千人砲による傷を癒す休眠期に入ったらしい。 そう、千人砲という名の兵器こそが、あの光だったのだ。 「工房で聞いた話も間違いではなかったって訳だ」 クロムが言う。 「で、その千人砲は壊れてもう撃てない訳だな」 当然のような疑問。答えは、少し違っていた。 「撃てないのは確かです。私はアレを再度使う気はありません」 「?」 ノワリーの言葉に数人が首をかしげる。 そして、今やプロレマの学長代理たる彼は言った。 「千人砲のエネルギーは、生命力そのものです」 ある者は悟り、ある者はすぐには気づかず。 一瞬の沈黙の後、集った全ての人の顔が青ざめる。 「つまり、ルシェ王は…!」 彼らは、その最期の言葉の意味を、今知った。 「ルシェ王は千人砲計画の賛同者です」 努めて冷静なノワリーの声。 本来ならば、誰かが激情しても良いはずだ。 が、誰も今それをしなかった。 この場にカルティナが居ない事が、彼らにその予感を抱かせたから。 カルティナは結局、気絶するまで慟哭していた。 それは魂を感じたからだとトライドたちは今ならわかる。 「話を続けます。ニアラは引いたものの、他の真竜が来ました」 名はヘイズ。 「ヘイズはバロリオン大森林に墜ちたようです」 「!?」 トライドとエステリアの顔が変わった。 が、気にせずノワリーは続ける。 「ヘイズは森からは出てこないようです。何か理由があるのかもしれません」 「ただ、森の様子はものすごく変わっちゃったみたいです」 ファロが報告書らしきものに目を落としながら言った。 「真竜が影響しているのは確実でしょうが…」 「それほどの力、ということか」 「おそらく」 ……。 沈黙。 「…気になることがあるんだが」 重い空気の中、口を開いたのはメイルゾーグだ。 「ニアラは『食い残し』という言葉を使ったと思うんだが、どういう意味だ?」 ノワリーは、眼鏡のつるを上げ、確信がないのですがと前置きし。 「先史文明の事はご存じですよね」 「ああ、それくらいは」 「なぜ、文明が滅びたかご存じの方は?」 「……」 誰もが『まさか』という顔をした。 「確実とは言えません。今でも世界戦争説はありえると思います」 しかしながら、あの日から。 「あのカザン崩壊の日から、その説よりも有力な説が現れました」 オークザインたちにとってはそれほど長い時ではない。 とても短い、そう、本当に眠るだけの時間しか経っていないのに。 「ドラゴンによって先史文明の破壊があったのではないかという説です」 ファロが言った。 「しかし、疑問がありました」 「ドラゴンの力は圧倒的だったのですっ」 「そう、『なぜ、ドラゴンの侵攻を止められたのか』がわからないほどに」 ため息一つ。 「ドラゴンの対策をするうち、違和感を覚えるようになりました」 頭をコチン、と小突き。 「まるで、プロレマで復元された技術は『この為』のようでした」 「それは、つまり──」 誰かが唾を飲んだ音がした。 「そう、エメル様は『ドラゴンの存在を知って』いて、そして──」 更にため息。まるで自分の考えが信じられないかのように。 「『先史文明がドラゴンと戦った事も知っているのではないか』と」 「ニアラが言っていた言葉の中に『ピュプノス』というものがあったと思うが」 「ええ、エメル様もそこには反応していたので何か関係はあると思います」 「文献にはそのような名を見たことはないです」 メイルゾーグとノワリーの間で話は進む。時々ファロ。 「エメル様へ事情をお聞きしたいなら、地下の独房へお願いします」 「あの、ところで」 トライドが手を挙げた。教師よろしく指さし促すノワリー。 「そもそも、どうしてエメル学長は更迭されたんですか?」 原因を聞いていなかった。 「学長は千人砲を更に発射するよう強制しようとしました」 絶句。 「あれを乱射するなど、正気ではありません」 そもそも発射すること自体正気ではないと思うトライドだが、口には出さない。 「手段としてはアリじゃないのか?」 とメイルゾーグ。 「いえ、残念ながら」 「おそらく今の休眠中のニアラには第一射の数倍は力がいるです」 「つまりは、人類を全て滅ぼす覚悟で撃てと言うことです」 「そいつは流石に厳しいな」 メイルゾーグ以外の者までも、それで納得した。 「つまり、エメル学長はそれでも撃とうとした?」 「そうです」 「それは…憑いてるとしか思えんな」 「単純に目的の違いだろう」 クロムに反応するメイルゾーグ。 「彼女にとっては『ドラゴンの殲滅』が第一なのだろう。なあ?」 「ええ、おそらくは。その辺りも聞いていただけるとありがたいですが」 ノワリーは、誰よりエメルの知識に敬服し、尊敬している。 彼女の真意を知りたいと思うのは当然だろうか。 「んじゃ、行くか」 当たり前のように進み出すクロム。 「やれやれだ」 とメイルゾーグ。 「やる気満々ね、あの二人」 クーゼルヘルが皮肉る。 「まあ、彼らはプロレマの支援も受けていたようだからね」 頷き顔のオークザイン。 兎も角、全員でエメルの元へ向かった。 ***** 「おやおや、大人数でぞろぞろと」 独房に入ったエメルは、誰にでもなく言う。 「まあ、ちょっと聞きたい事もあったので」 と、オークザイン。 「それにしても、この狭い空間にそんなによくも入ってくるものだ」 呆れたのか感心したのか、エメルは頭を掻いた。 「ん、トライドに、『誓いの種』じゃないか」 そして気づく。 「ええ、学長。今回は私も知りたいことがあるものでして」 メイルゾーグが言い、その言葉にクロムも頷いた。 そんな事を意にも介さずエメルは問う。 「君たち以外は全滅か?」 「…!」 クロムの顔が動いた。 「厳しいですね、学長は」 メイルゾーグが余裕たっぷりに答える。 「何人かは残りましたよ」 「そうか」 言って、エメルは一瞬顔を下げ。 「恨むか、私を」 とだけ呟いた。これにはクロムが激情した。 「恨む? そんなわけねえだろ!」 エメルが驚きの表情でクロムを見る。 お構いなしに、クロムの口上は続いた。 「俺たちは、仲間達はわかっていてあの戦場に行ったんだ」 仲間を想う。彼らは、彼女らは。 「エデンの為さ、あんたの為じゃない」 だから、死んでも。 「そんな志を持ってりゃ、死んだからって、誰を恨むんだよ。おかしいぜ」 と、言い切った。 「…ははっ、だからヒトは面白いな」 きょとんとした顔を一瞬みせたエメルは、その後大きく笑った。 「お前たちが来た理由はわかる。真竜への対抗手段だろう?」 「その通りです」 「ならば、アイテルという女を訪ねるがいい」 「アイテル?」 「トゥキオンの娘、アイテルだ」 「「!!!」」 トライドとメイルゾーグが驚愕に目を見開く。 「トゥキオンは実在するのか?」 メイルゾーグが聞く。その声はいつもより上擦っている。 「さてな。そのアイテルに聞くがいいよ」 そう言ったエメルは、話は終わりとばかりに後ろを向いた。 「千人砲が撃てない今、お前たちが頼みだ」 そう呟き、 「私はドラゴンを殲滅させるためなら、何でもする」 立場を利用してでも。誰かを死に追いやろうとも。 「だから、そいつ等を守るのは、そうだな…トライド」 急に呼ばれ、驚いた。 「君の役目かもしれないな」 「勿論です。犠牲は出させません」 深く、トライド息を吐き、そう言った。 「期待している」 後ろを向いているエメルの表情は伺い知れなかった。 「トゥキオン、か」 独房を出て、戻り際。メイルゾーグが言った。 「知っているのですか?」 見聞を広げてきたオークザインも知らなかった名だ。 「トゥキオン、神話に残る、一説に寄れば古代文明の名です」 トライドが答える。 「実在するとはな。学長の言葉を信じるなら、だが」 「悩んでいても仕方ないさ、行こう」 アイテルは、ゴロランの館に現れるという。 「ちょっと待て」 そこにフィルが水を差す。 「どうした、フィル」 クロムが聞く。フィルは呆れ顔で言った。 「お前たち、フレイムイーターの事を忘れてないか」 そう、帝竜はあらかた始末をつけたが、まだ残っている。 「ニアラやヘイズと組まれるとそれこそ厄介だ。俺は奴を倒したい」 「うん、賛成だな」 オークザインも賛同する。 「なら、また分ければいいじゃない。協力者もいることだし」 クーゼルヘルの鶴の一言。 かくて、またも、分割しての作戦となった。 ***** アイテルを訪ねにいくのは、トライド、エステリア、ヴェネミトラ、メイルゾーグ。 フレイムイーターを討伐に向かうのは、オークザイン、カルティナ、フィル、クーゼルヘル、クロム。 「こうなったら最期までつきあうつもりだ」 縁が重なるクロム。 「伝説上の存在に近づけるとは、素晴らしいじゃないか」 若干怪しい言動の見えるメイルゾーグ。 「『偉大なる風』と『誓いの種』か」 そんな彼らの様子を見て、ノワリーが言う。 「どうしたですか、ノワリー」 ファロがそんな様子に疑問を持つ。 「いえ、私も立場がなければ彼らのようだったのかな、と」 「????」 遠くを見るかのようなノワリーの瞳。 なにを覗いているかわからず、ファロは首をかしげるだけだ。 「まあ、ファロには早いかもしれませんね」 やれやれ、と、ノワリーは首を振った。 「作戦は単純なのです」 立案係のファロが言う。 「トゥキオン組はゴロランの館で降ろし、他はアイゼンに向かうです」 一人、ギョッとなる男。 「ちょっと待て、なんでアイゼンなんだ」 クロムだ。 「フレイムイーターの正確な位置が分からないので情報収集なのです」 「情報収集ならアイゼンでなくても…」 なぜか焦っているクロム。 「あの周辺で一番大きいのはアイゼンですよ」 カルティナが横から申す。 「むう…」 押し黙った。 「まあ、諦めるんだな」 フィルが肩を叩いた。彼は、いや、この中の数人は理由を知っている。 「義父さんには会いたくないなあ…」 クロムの義父が、アイゼンに住んでいることを。 「今更行かないはなしだぜ」 からかうフィル。 「わーったよ」 観念したクロム。 「会議に出席されていたリッケン殿は力になってくれると思います」 ノワリーはそう付け足した。 「まあ、なにがあってもぶち倒すのみよ」 クーゼルヘルが言い、オークザインたちが頷いた。 「それでは、作戦開始です!」 ノワリーの声と共に、新たに始まった。 真竜を倒し、エデンに平和をもたらすさらなる戦いが。