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君と見る虹・舞台裏――ある酔っ払いの呟き

「ラーメンどうぞ」
おー、来た来た。早速いただくとしますかね。
割り箸を割って、と。
「いただきます」
あー、それなりに旨いなあ。
まあ、10年も食べてると舌も適応して当然なんだけどな。
「ただいまー」
お、来た来た。
「いらっしゃいませー」
「こんばんはー」
む、今日も男連れか。まあ、もう15だし、仕方ないわな。
「いつも通りラーメン2つ」
「はいはい、りょーかい」
ここ数日でかなり見慣れた光景が今日も繰り返される。
しっかし、こんな店に『関係者』が大勢いて大丈夫なんだろうか?
そんなことを思いながら、今日もラーメンをすする。
仕事だって忘れない。
さっき入ってきたカップルを、気づかれないように観察することだ。
俺の仕事の一つは『MIC』の監視、護衛。
そう、俺はマローラモ探偵事務所のエージェント。
コードネームは黒い眼鏡。通称、ラーメン屋の飲んだくれ。
なんだか常にホープ軒にいるような扱いだが、半分当たりと言ったところか。
あの日からずっと、俺はこの店に通いつめているのだから。


あれは、そう、10年ほど前のこと。
ボスが大掛かりな作戦を行なうということで、メンバーは方々に散った。
実際の作戦はREIKOが行なったが、後始末も色々あったからだ。
そして俺は、奪取したMICの一人を監視、護衛することになった。
そのMICこそ、このラーメン屋「ホープ軒」の娘、通称『みっちゃん』だ。
俺の対称はその『みっちゃん』だけのはずなんだが……

「やっぱりサッカーボールじゃなきゃ駄目なのかな」
「だよね。他にボールってあったかなあ?」
「それに、蹴る以外のこともやってみようよ」
その『みっちゃん』が連れて来た男。名は『しゅんすけ』。
実のところ、こいつもMICなのだ。
どういう経緯で出会ったかは知らないが、二人はここ数日一緒にいる。
付き合っているような状況だ。
……まだ恋人とまではいっていないようだが、時間の問題だろう。
「ラーメンどうぞ」
更に関係者がいる。今ラーメンを持ってきたアルバイトの娘だ。
『ソワカ』。それが彼女の名前。
彼女こそ、この事件――いや、陰謀と言ってもいい――のキーとなる存在。
父親を殺され、恐らく更に過酷な運命が待ち構えていることだろう。
どういう道を歩いていくかは分からないが、彼女に祝福があることを願おう。
ただ、今は彼女がターゲットではない。
俺の任務はあくまで『みっちゃん』だ。『しゅんすけ』も一応おまけ。
『ソワカ』の方はREIKOが担当しているはずなのだが、あいつも忙しい。
とにかくボスには駒が少ないのだ。
現に俺も『みっちゃん』の監視以外にもう一つ任務がある。
メカ沢新一の捜索だ。
彼に触れるには、この事件の背後の存在に触れなければならないが、
まあ懸命な読者諸君はその存在を知っているだろうから、割愛する。
え? 楽するな?
まあ、俺の物語はほんのおまけのようなものだ。
戦略的に判断停止しない限り、諸々の事情は割愛させていただきたい。
だが……そうだな、まあ、少しくらいならいいだろう。

メカ沢新一が姿を消したのは、今からもう15年ほど前になる。
マサカドインパクト。後にそう呼ばれる現象の当日。彼は姿を消した。
ボスの話では、彼はその『現象の原因』と接触してしまった、ということだ。
だが、彼は生きている。現に今も出版物が刊行され続けているのだ。
彼が生きているなら、こちら側に接触してもよさそうなのだが、なかなかそれもない。
ちょびっと私用でチベット修行に黙って行くような人間でもないし、
おそらく教団に捕らわれているのだろう。
だから、教団のアジトを片っ端から探らなければならない。
そのための情報を手に入れるのが俺の役目だ。
ボスたち三賢人のうち、一人が逝ってしまった今、メカ沢の解放は急務。
一部ではすでに脱出済みとの報告もあるが、裏づけがない。
だから、情報の整理も早くしなければならないのだ。

という訳だ。
まあ、これは俺が知っている限りのことなんで、
ボスの唯識論的本質直感がまた何か新しい情報を引き出しているかもしれない。
とにかく今は、あのカップルだ。
しかしこいつら、自覚がない。
惹かれ合っているのは明白なのに、なんだかはっきりしない奴らだ。
まあ、お互いを繋いでいるものがなくなる時がターニングポイントかな。
二人はどうやら『しゅんすけ』のMIC能力を調べているらしい。
各家庭にMICが預けられた後、基本的には俺たちエージェントが隠れて護衛をしている。
ただ、MIC個人の育て方は各家庭にまかされたのだ。
『みっちゃん』は元々の能力が隠せるものでもないから、親は正直に全部話したらしい。
『しゅんすけ』は逆に何も知らない。『達子』もそうだな。
『達子』は、更にカモフラージュとして年齢を偽装されている。
まあ、この辺りはそれぞれの家庭の問題だから、俺が口出しすることでもない。
『しゅんすけ』の能力は微々たるものだが、調べるとなるとなかなか手間がかかる。
おそらくあと数日くらいは何かしらで時間がかかるだろう。
そうして、全てが終わってからが、彼らの本当の物語になるな。
って、なんつーおっさん臭い発言を。やっぱり歳か。
若いMIC達がよい時代を作ってくれればいいんだがな。
「あ、お冷ちょーだい」
「はいよ」
ラーメンをスープまで飲み干す。
勿論、そんなところに神は宿らない。
しかし、この10年付き合ってきたラーメンだ。
変わらないものと、変わっていくもの。
俺の仕事は、世界が平和になるまで、恐らく続くのだろう。
いや、平和になったとしても、MICの誰かが昔の記憶を浮き上がらせでもしたら、
また、新しい争いの火種になるかもしれない。
その為にも、どうにかグルグルは潰さないといけないよなあ。
「水どーぞ」
『ソワカ』が水を持ってきてくれた。
「ありがとさん」
全ての鍵となる少女。俺は、君に、期待しているんだぜ?
「な、何?」
「いや、なんでもないよ」
俺に力があったら……いや、止そう。
彼女の運命を知るのは、あまりに残酷だと思ったから。
「がんばりなよ」
今は、この言葉だけで、十分だろう。


―終幕―

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