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君と見る虹その6

「ごめんね、遅れちゃった」
その後すぐ、みっちゃんはやってきた。
なんだか全身ボロボロに見えるんだけど、何かあったのかな?
「いやー、ちょっと迷子のにゃんこを捜しててね」
爽やかにサムズアップ。ちょっと無理している気もするけど、まあ大丈夫かな?
「うん、わかった。心配してたんだ」
「ほんとにごめんね」
「無事だったからいいよ。でも今度から……」
言いかけてハッとした。実験は今日で終わりなんだ。
「……今度からは気をつけるね」
僕の思ったことに気づいただろう、みっちゃんも最初は少し口ごもったけど、
「頼むよ。寿命が縮まっちゃうかも」
「それじゃあますます気をつけないとね」
僕らは「次」がないことを避けるように話をしていた。

「さて、じゃあ実験を始めましょうか」
「そうだね。まあ僕は蹴るだけなんだけど」
「今日は難しいよ。勢いをちょっとずつ変えていくからね」
「わかってるよ」
「それじゃあ、まずは秒速5mジャストの蹴りを」
「そんなに正確な訳!?」
「できればその方がいいかな、とか」
「機械じゃないんだから……」
「あ、速さじゃなくて重さの方がいいかな。60kg重の蹴りでもいいよ」
「いや、だからさあ」
いつもと同じ調子、じゃないな。
いつもよりもはしゃいだ感じで、僕もみっちゃんも実験を始めた。
そのテンションは、日が暮れ、実験の終わりまで続いたんだ。
僕は終わりが来るのを意図的に避けていたけど、それも、いつまでもという訳にはいかない。
終わりは、もうすぐそこに迫っていた。

「もう、いいかな」
終わりを告げる声。勿論、僕じゃない。みっちゃんだ。
「もう、終わりにしよう」
いつもの終了時間はとっくに過ぎている。
僕はずっと名残惜しそうに蹴っては空気を入れ、蹴っては空気を入れ、
さらに蹴っては入れ、と、終わることのない作業を続けていた。
そんな儚い延命処置も、みっちゃんの一声でピリオドを打たれる。
「もういいよ。もう実験は終わり。しゅん君の能力も、これで確定のはずだよ」
さっき蹴ったボールの空気を入れている僕の手は、止まらない。
「終わりにしよう」
みっちゃんが、もう一度、力のない声で言った。
その声は、どんなに大きな声で怒鳴られるよりも、僕に響く。
ちょうど空気も満タンになった。……僕は、川原に寝転んだ。
「ふー……結局、僕の『能力』は」
「サッカーボールを蹴ると必ず空気が抜ける」
「だよねー、やっぱり」
完全にお笑いだ。なんてしょぼい『能力』なんだろう。
「もっとカッコイイ『能力』がよかったなー」
思わず呟く。
「ふふ、そうかもねー」
からかったようなみっちゃんの声。
「でも、何かに役立つときがきっと来るよ」
「そうかな?」
「うん、絶対に来るから」
変に確信を持ったみっちゃんの声。
「じゃ、ラーメン食べに帰ろうか」
それはお腹が減っていたからなのだろうか?
とりあえず、いつものようにポープ軒へ向かった。
いつも、よりはずいぶん時間が遅いのだけど。

「まあ、まずはお疲れ様」
ウーロン茶で乾杯する。まあ、打ち上げってとこかな。
ウーロン茶以外のメニューはいつもと同じだけど。
そもそもウーロン茶だって店長(みっちゃんのお父さん)のサービスなんだけどね。
「それじゃあ、『能力』についての感想をどうぞ」
「さっきも言ったよ。カッコイイのがよかった……」
「現実はそんなに甘くないってことで」
「そうは言っても、あれじゃあねえ」
「ラーメンお待ち!」
今日はあの看板娘さんじゃない。本当に辞めちゃったんだ。
「あ、ソワカちゃんいないから寂しいんでしょ」
早速ラーメンをすすりながらみっちゃんが言う。
確かにそうなんだけど、行儀が悪いと思うよ。
「まあ、そうかも。いただきます」
とりあえず、僕もラーメンを食べる。
流石に2週間食べ続けると舌が慣れてしまったなあ。
「ねえ」
スープまで飲み干したみっちゃんが聞いてくる。相変わらず早い。
「ん? 何?」
「今日で実験は終わりだよ」
「……うん、そうだね」
「何か言うことないの?」
言うことって、何だろう。ああ、そうか。
「うん、こんな『能力』に付き合ってくれてありがとう」

ズルッ

あ、みっちゃんこけた。
「あー、確かにそれもそうなんだけど……ほら、もっと大事なこととか、ないの?」
「うーん」
みっちゃんがやけに真面目に聞いてくるから、僕も本当に真剣に考える。
「みっちゃんは……」
みっちゃんは、僕に何を期待しているんだろうか。
僕にとって、みっちゃんはどういう存在? 仲間? 同士? 同志?
なんかどれでもあてはまりそうな気がする。
「あ」
閃いた。そうか、そういうことか。
「うん、そうだ。これからも仲良くしてね。僕たちは友達だもんね」

ズルッ

またこけた。何かまずったかな?
「あー、そういうこと。いや、まあいいわ。期待しちゃったのが間違ってたのかも」
「え、あの……」
「トモダチだもんね。ちゃんと遊びに来てよね」
「うん、行くよ」
「待ってるんだからね」
「うん」
「今日はしゅん君の奢りね」
「うん――って、ええっ!?」
「まあ、最初は私の奢りだったから、これであいこでしょ」
「うん、そうだね。わかった。払うよ」
こうして、ラーメン2つ分の計1400円が僕から消えることになった。

ホープ軒から出たらのは、いつもよりかなり遅い時間。もうあたりは真っ暗だ。
「じゃあね」
「うん、ちゃんと遊びに来てね」
「わかってるよ」
「待ってるから」
「うん。じゃあ、おやすみ」
みっちゃんに手を振って背を向け、歩き出す。

ズキン

突然、胸が痛んだ。
物理的にじゃない。そういう痛みじゃなかった。
なんだろう。何か、とても大事なことを忘れている気がする。
ちらり、と一度振り向いた。
みっちゃんは、まだ手を振っていてくれた。
大事なことを、思い出せずに。
胸にわだかまりを残しながら、僕は家路についた。


なんだか、今日はずっと胸の奥がモヤモヤしている。いや、昨日の夜から、かな。
原因がわからない。川原で会ったあの女の人は知っている風だったけれども。
「心に蓋、か」
なぜだかその言葉が妙に確信を突いているような気がするのだけど、
僕自身の心がどういうものか、そもそも僕自身が理解できていないのだ。
「うーん、こればっかりはわからないなあ」
とっても悩んで眠れないかとも思ったけど、悩みすぎて逆にぐっすり眠れた。


―つづく―

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