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荒野に架かる虹 その1

「お客さん、何処まで?」
「裏日本まで頼むよ」
「何の御用で?」
「ちょびっと私用でチベット修行にね」
それは普通空港へ行くものじゃないのだろうか。
そんなことを考えたわけですよ。
あ、申し遅れました。私は野良のタクシーです。
荒野を走っては時々客を乗せるのが仕事、ですね。
荒野の客はなんといっても長く乗ってくれるのが一番の魅力。
今日のお客もかなり長距離を期待できそうです。
まあ、何日も客が付かない時だってありますが、それはそれ。
「それじゃあお客さん、飛ばしますよ!」
高速で荒野を駆け抜ける。この疾走感がたまらない!
タクシーやっててよかったと思う瞬間。

「うおっとう」
急にはとバスが現れたので、ちょっと強引に方向転換。
「すいません、お客さん。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
はとバスが時々狂ったように回っているのを見るけども、
彼らは一体どんな観光をさせてるんでしょうか。
そもそもこんな夜に誰か乗っているんでしょうか。
まったくの謎です。

「ところでお客さんは、どうしてチベット修行に?」
道中、話題を探すのもタクシーとしてのお仕事。
勿論、プライバシーはある程度守りますが。
「わたしには娘がいてね。これが妻に似て美人なんだ」
「ほうほう」
「それで、妻と娘を守れるような力が欲しいんだ」
「いやだからなぜそれでチベットに」
「懇意にしている寺の住職が修行してきた地なんだそうだ
 彼は信頼できる人物だったのでね」
「へえ、仲が良かったんですか?」
「どうかな、それなりに気心は知れていたとは思うが、
 どうも彼は何か秘密を持っているようでもあった」
この辺りで気が付きました。
全部、過去形??
「もっとも、いなくなってしまった今となってはわからないけどね」
やっぱり。もしかすると地雷だったかもしれません。
「そうですか……それでチベットに」
「そうですね、彼の知ったことを確かめたかったのかもしれない」
なかなか複雑なお客さんですねえ。
「遺志を継ぐ、みたいなものですか」
「うーん、ちょっと違うかな」
そうして、少しの思案の後。
「そんなところに神は宿らない」
「えっ?」
思わず聞き返しました。何でしょう、いきなり。
「そんなところに神は宿らない、と彼は時々言っていました」
「神様、ですか」
「ならば彼は神の宿るものを見つけたのかもしれない。
 わたしは、それを見つけたいんだよ」
「はあ」
しがないタクシーには難しい話でした。

「しかし、何ですね。娘さんを守りたいからといって
 今離れてしまうのも心配ですよね」
「……」
おや?
てっきり「そうなんだよ」みたいな答えが来ると思ったんですが。
って、お客さん固まっちゃってるよ!
「お客さん! お客さん!!」
「ハッ……すまない。戦略的に判断停止してしまったよ」
「やっぱり心配なんですねえ。わかります」
「へえ、君も子どもがいるのかい?」
「まあ、今はこんなですけども、これでも息子がいたんですよ。
 こんなになっちゃってからは会っていませんけどね」
「十年もか……わたしには耐えられないかもしれない」
「はは、私も時々『あの時』にくたばっていたら、とか思ったりします」
「だが、生きていれば良いこともあるさ、きっと」
「そうですね。タクシーにもいいことは起こると思いたいですよ」
「そうだね、君に幸あらんことを」
「ありがとう、お客さん」
そんな会話が丁度いい感じになったとき、閃光が暗闇を切り裂きました。
「あれは――虹?」
「こんな夜に虹とは、わたしたちを応援しているのかもしれないね」
その虹は、力強く地上から空へと伸びていました。さながら竜の様に。
しかし気になるのはその虹の出る場所です。
たしかあの辺りには退廃の街があったような気がするのですが。
「さあ、虹の祝福もあるし、頑張ろうじゃないか」
「そうですね。では、最高速で荒野を抜けますよ」
あの虹には、なにか神々しいものがあったのか
二人とも、すっかり良い気分で裏日本までつき走りました。
もしかすると、あの虹にこそ神が宿っていたのかもしれません。


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次の客は、少女と少年のようです。
女の子の方が手をあげています。きっとお姉さんなのでしょう。
少年のほうは丸刈りです。野球でもやっているのでしょうか。
あの破壊から十数年。スポーツも楽しめるくらいにまでなったのだとしたら、
この荒野も少しは復興してきているのかもしれません。
いつものようにお客さんの前で止まり、扉をあけます。
「お客さん、何処まで?」
「都立ベドラム病院まで」

―終幕―

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