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荒野に架かる虹 その2

「ねえ、どうしてないているの?」
少年は少女に話しかける。
けれども、少女は答えない。
「おとうさんかおかあさんはいないの?」
それでも少年は話しかける。
やっぱり少女は答えない。
「ねえ、ソワカちゃん」
「何?」
「どうしよう……」
「知らないわよ」
「ソワカちゃん冷たい」
「うるさい」
「……んもう」
泣きじゃくる少女を前に、クーヤンはため息をついた。
その横には、もう一人少女。
クーヤンが「ソワカちゃん」と呼んだ、クーヤンの姉的存在だ。
少女二人と少年一人。
荒野の真ん中で立ち往生していた。

ことの始まりはクーヤンの提案からだった。
「ソワカちゃん、どこまでいけばいいの?」
ひたすら荒野を歩く二人は、あなり言葉を交わさない。
クーヤン、実に一時間ぶりの発言だった。
「あのへん」
「あのへんって?」
「あのへんよ」
「だからあの」
「うるさい」
「……」
「……」
「ソワカちゃん、はとバスに乗ろうよ」
「なんで?」
「なんでって、なんとなくだけど……」
「なんとなくで物を言わない」
「うん……」
オトポジのクーヤンはアネポジのソワカちゃんには逆らえない。
なんとなく、逆らえない。逆らってはいけない気がする。
「でも……」
「何?」
「すぐそこにはとバスが止まってるんだけど」
と、クーヤンの指差す方向には、少し距離はあるがはとバスが停留している。
珍しい。普段は好き勝手走って止まっているところは見たことがないのに。
「行きましょ」
アネポジの少女が方向転換、はとバスに向かって歩き出す。
ひょっとすると何かを受信したのかもしれない。
「うん」
勿論、クーヤンもそれに続いた。続くしかない。

で、結局二人が到着する前にはとバスは走り出し、
残っていたのはこの泣きじゃくる少女というわけだ。
さっきからクーヤンが結構話しかけているのに何の反応もしない。
ただただ泣き続けるだけ。
(これはもしかすると……)
一人冷静に、状況を見つめていたおそらく三人の中では最年長の少女。
五鈷杵を取り出し、もう一人の少女の頭部へ――

ガンッ

「ソワカちゃん!?」
「これでいいのよ」
冷静に泣き喚く少女を指差すアネポジに、オトポジは疑問の眼差し。
「この娘は戦略的(ストラテジック)に判断停止(エポケー)していたのよ」
「え?」
「だから刺激を」
それにしても強すぎる刺激じゃないかなあ。
クーヤンは思ったが口には出さなかった。
踏みとどまったことは、ちょっとは成長したのかもしれない。
「で、アンタ」
「ぐすっ……ふえ?」
初めて言葉に反応する少女。
「なんで泣いてるの?」
「パパが……ちょびっと私用でチベット修行に行くって出て行って……」
「いいじゃない、チベットは私も行きたいわよ」
「ソワカちゃん、そういう問題じゃないよ」
要するに、少女は出て行った父親を追いかけてはとバスに乗ろうとしたらしい。
が、父親はいなかった、と。
「ぐすん、おとーさーん、ぐすっ、ずるずる」
「あのねえ」
事情を話して更に泣き方に拍車が掛かった少女に、
先ほどと変わらないいたって冷静な声がかかる。
「あなたのパパはただの人よ。そんなところに神は宿らない。あなたの神は」
俯いていた少女が顔を上げる。涙で真っ赤な目が年上の女性を映す。
「あなたの神が宿るのは、あなた自身よ」
そう言って、彼女は少女の胸を指した。
「あなたのパパは死んだわけじゃない。それならば、修行が終わればきっと会える」
「そうそう。大丈夫だよ」
横から入ってくるクーヤンは無視。
「泣きたければ泣けばいい。でも、泣いているだけじゃ何も始まらない。
 嫌なら強くなりなさい。私からはこれだけ。あとは、貴女次第よ」
そうして、去っていく。
「あ、えっと……頑張ってね」
クーヤンも後から続いて去っていく。
「待ってよソワカちゃーん」
「荷物を全部持つなら待つけど」
「いっつも持ってるじゃんかー」
「なら待たない」
「そんなあ」
「あ、なんか遠くに街がある」
「えっと、ソドムって名前なのかなあ?」
「おすしが食べたい」
「うん、そうだね、お腹すいたなあ」
去っていく二人を見つめる少女の瞳には、
先ほどまでとは違う、強い光を湛えていた。


――後日、少女の日記より。
きょうはおとうさんがしゅぎょうしにいえをでていきました。
かなしくてないていたわたしをしらないおねえさんがなぐさめてくれました。
よるおほしさまにおとうさんのぶじをおねがいしていたら
おそらがにじいろにぴかーっとひかりました。
ほうこうはおねえちゃんがあるいていったほうこうです。
きっとおねえちゃんはわたしをたすけるためにやってきた
まほうつかいだったんだとおもいます。


―終幕―

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